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「嗤う鬼火 」カテゴリ記事一覧


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「嗤う鬼火」 18(完)

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   今までに書いたイラストや小説の保管場所。最近読んだ本で、個人的に面白いと思ったものを紹介しています。



 


 エピローグ

 

 

 翌朝、私は心地よい眠りから覚めた。昨日のことが何事も無かったかのように感じられる。体調も悪くないようだ。私はベッドから出て大きく背伸びをすると、洗面所に行き歯磨きと洗顔を済ませ、制服に着替えるとリビングに向かった。

「あれ!?」

 私は辺りを見回して、“ここは確かに私の家だよね。”確認OK。もう一度前を見る。やはりソファに座っている倉橋君が見える。

「おはよう!」

「お、おはよう。えっ!何で?」

 その理由は奥のダイニングから出てきたお母さんが答えた。

「朝迎えに来てくれたのはいいけど、外でずっと待ってもらうのもどうかと思って、だって志緒理の彼氏なんでしょ!お母さんも仲良くしないと」

「べ、別に、か、彼……」

「巧巳君も朝食一緒にどう?」

 私の言葉を完全に無視して、にこにことした表情で言った。お父さんはすでに仕事に行ったようだ。倉橋君と会っていったのかな?

「いえ、僕はもう朝食を済ませてきましたので」

丁寧に辞退の言葉を述べた。

「それに、余り時間が無いと思いますが」

 倉橋君のその言葉に、テレビの上にある大きな掛け時計を見ると、すでに八時を回っていた。

「本当だ!もうこんな時間」

 私はダイニングテーブルに置いてあった皿の上からソーセージを摘むと、口の中に放り込み、

「ひっへひはふ」

 日本語とはほど遠い、異国の言葉どころかこの世に存在しない言語を発し、倉橋君を促して玄関に向かった。後方で「はしたないことをして」というお母さんの声が聞こえたが、聞こえないふりをして家を出る。

 外はすがすがしい空をしていた、私は今のはしたない態度を反省しながら歩く、今の倉橋君どう思っただろう。少し恥ずかしかった。

 折角二人で歩いているのに、無言のままって、どうだろう?

 倉橋君から声をかけられることに期待はできないので、私の方から声を掛けた。

「でもどうして霊能力なんて皆無に等しい私や、佐緒里さん、片岡さんにまで彼女は見えたのかな?」

 私の素朴な疑問に倉橋君はいつもの無表情な顔で、

「多分俺がアンプ、…増幅器のような役割をしたんだと思う」

 増幅器?なるほどそれなら私にでも理解が出来る。怪談話をすると霊が集まってきて、その中の数人に何かが見えたという人がいるけど、あれも一種のアンプ作用で潜在的な恐怖や思い込みで精神的作用が働き、そう言ったものが見えやすくなるって事かな?

 自分なりに納得して、頭の中で整理をすると、隣を歩いている倉橋君に、

「ねえ!今度の日曜日、映画でも観に行かない?」

 抜けるような青空に開放的になっていたためか、私はさり気なく誘ってみた。少しどきどきしている。しばらくの沈黙の後、

「いいよ」

 倉橋君は前を向いたまま答えた。その横顔を見ながら私は心の中で大きくガッツポーズをしていた。

 

 

 

 

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「嗤う鬼火」 16

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   今までに書いたイラストや小説の保管場所。最近読んだ本で、個人的に面白いと思ったものを紹介しています。



 


  時刻はすでに五時を回っていた。空に灰色の雲が覆い被さるように立ちこめているせいか真夏だというのに少し薄暗い。私達は今人恋坂に来ている。倉橋君の話だと野瀬弘美さんが完全な状態で姿を現せるのは、どうやらこの人恋坂だけのようなのだ。確かに私の部屋に姿を見せた時は二度とも顔、又は上半身だけだった。

 事故現場の前まで来て片岡さんの顔を見るとどうやら半信半疑のようでソワソワとした感じが窺える。

「野瀬さん、片岡さんを連れてきましたよ」

 倉橋君のその問いかけに、昨日と同じように辺りが“もわっ”としたかと思うとその“もわもわ”が白い固まりとなり、それが野瀬さんの体へと変化していった。

「弘美!」

 真っ先に片岡さんが反応した。その表情から何がどうなっているのかという困惑が手に取るように伝わってくる。その場から動くことが出来ないようだ。しばらく片岡さんは野瀬さんを見つめていたが、落ち着いてきたのか一歩野瀬さんの方に歩み寄った。野瀬さんも片岡さんをじっと見ている。この二人の姿に、私は恐怖を感じるどころか慈しみを感じていた。何て綺麗で微笑ましい状況だろう。二人は見つめ合い時折表情を変えながら言葉ではない会話をしているようで、私達に入り込む余地は全くないようだ。

 二人の無言の会話はしばらく続いた。見守るしかない私達は黙ってそれを見ていると、片岡さんが私達の方に向き、

「ありがとう。今までのわだかまりが胸からスッと落ちたようです」

 そして再び野瀬さんの方に振り返り、

「弘美、ありがとう。これからは前向きに生きていくよ。でも決して君のことは忘れない」

 その言葉に野瀬さんは優しく微笑むと、今まではっきりとしていた輪郭が少しずつぼやけていき小さな玉となった。

 その玉は空に向かって風船のようにゆっくりと昇っていった。何て気持ちの良い体験だろう。

 本来ならここで空が急に晴れてきて、気持ちの良い光が私達を包むはずなのだが、まだ空は曇ったままだ。

「これで終わったのよね?」

 私はほっとしたように倉橋君に尋ねた。これでやっと普通の生活に戻れると思っていたが倉橋君の言葉は、

「いや、まだだ」

「え!」

その言葉に私の身体が反応した。自分の意志とは関係なく頭の上から足の先までザワザワと何かが走るような感覚がある。全身に鳥肌がうきでているようなそんな感じ。

 しばらくすると下腹部に熱が生じてきた。私はその場所に目を移す。以前にも見たことのある光景に、ふらついた私を後ろから倉橋君が支えてくれたので何とかその場に座り込むということは無かったが、頭の中が少しパニックになっている。

 え!終わったはずでは?そう思っていた私の下腹部に痛みが走った。

「倉橋!大丈夫か?」

 背後から倉橋君の声が聞こえる。でも私は言葉を発することすら出来ない程の痛みに耐えるのに必死だった。朧気に困惑している片岡さんの姿が見える。

 どれくらいの時間が経過したのだろう、痛みが少しずつ和らいでいく、倉橋君の手から伝わる何かが痛みを和らげているようにも感じられた。そして下腹部の痛みが落ち着いてくると、痛みが和らいだ安堵からか意識が消えていくのを感じていていた。

 

 



 

 

 


最初から読む       「嗤う鬼火」17に続く



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「嗤う鬼火」 15

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 第五章「収束

 私達は今新聞社にいる。今日は佐緒里さんがいないので二人きりだ。むふふ! 昨日片岡圭一さんの名前がその日の朝刊に載っていたことを倉橋君に話すと、早速連絡を取り次の日の夕方に会う段取りを取った。仕事が早い!それに佐緒里さんは家の手伝いで今はいないので二人だけだ。

しばらくロビーのようなところで待っていた。結構広いロビーで、丸テーブルとそのテーブル毎に背もたれの高い木製の椅子が四脚ずつ、全部で六セットある。ちょっとしたカフェテラスのようだ。二人で座っているとデートをしている気分。私がそんな感慨に浸っていると、奥から一人の男性が現れた。年齢は四十才位かな。きりっとした顔立ちで、背も高く新聞記者のようには全く見えない。その男性は私達に近付くと、

「倉橋さん?」

 少し警戒した面持ちで話しかけてきた。

「はい」

「はい」

 二人同時に返事をして椅子から立ち上がった。その男性はびっくりしたような顔をしている。お~!まさにシンクロ!

「すみません、二人とも名字が同じものですから」

「二人は親戚か何かですか?兄妹というわけではなさそうですし」

「いえ、たまたま名字が同じだけで、全く何の関係もありません」

 何だか寂しい響きに聞こえるのは私だけ?

「申し遅れました。私片岡といいます。ところで今日は何の用で?」

 座りましょう。と右手を椅子の方に差し出しながら自らも椅子に座る。この辺のさり気ない行動と話のもって行き方は、流石新聞記者という感じがする。私の華麗な洞察力?でそんなことを思っている横で、倉橋君が昨日の朝刊から切り取ったと思われる記事を取り出し

「この記事は、片岡さんが書いたものですか?」

「そうですが、この記事が何か?」

当然自分の記事の確認は行っているのだろう、即答で答えた。

「野中弘美さんをご存じですか?」

 いきなり核心を突く質問をする。何だか刑事さんみたいで別の顔の倉橋君を見ているみたい。片岡さんは質問の意図を把握できなかったようだ。

「どうして彼女の名前を?」

何事かと言うような顔で言った。

「先日人恋坂で彼女に会いました」

「!」

 片岡さんの表情から息を飲むのが分かった。息を飲むってこういうことを言うんだ。

「彼女は十五年前に事故で亡くなったはず、人違いではないですか?」

「ほぼ間違いはないと思います」

 倉橋君は胸ポケットから一枚の写真を取りだして片岡さんに見せた。

「弘美!」

 片岡さんの反応から、間違いはなさそうだ。でもいつの間にそんな写真を手に入れたのだろう?

「確かに彼女はもう亡くなっています。でも霊となってまだこの世に残っていて、そして今彼女はこの倉橋志緒理という女の子に寄生しています」

 寄生って何だか嫌な響き。

「寄生?」

 怪訝な表情で片岡さんが言った。片岡さんも言葉の響きに嫌悪感を感じたようだ。

 「寄生という表現は適切ではないかもしれません。でも憑依という言葉も適切ではないと思います」

 倉橋君は一旦言葉を句切ると、私の方を見た。そして小さく息を吐くと再び片岡さんの方を向き、

「彼女は貴方に対する未練が断ちきれずに現世を彷徨っています。地縛霊となったため人恋坂から移動することが出来ません、たまたま波長のあった倉橋に寄生するようなかたちで貴方を捜そうと思ったのでしょう。でも倉橋を自分の意志で動かすことが出来ない。だから憑依というわけではないのです」

 あたかも信じられないという表情で倉橋君の顔を凝視していた片岡さんは、

「彼女は貴方に会いたがっています。うまく説明は出来ませんが僕は霊が視えるという少し変わった体質で、今も倉橋の中に彼女がいるのがわかるのです」

 その言葉に私は背筋が寒くなる。決して気持ちのよい言葉ではなかった。でも倉橋君が近くにいるだけで安堵感と安心感が私を包んでいる。

「彼女に会えるのですか?」

 肩を落として俯き加減に言った。やはり片岡さんもまた彼女の呪縛から解放されていないのだろう。私は片岡さんの表情を見てそう思った。

「私と彼女は当時婚約していました」

 小さな声で片岡さんが語り始めた。

「あの日も彼女は仕事帰りに私の所に来るはずでした。式を控えていたので準備の打ち合わせをする予定だったのです…。でも彼女はいつまで経っても来ない。心配になった私は彼女を迎えに行こうと、彼女がいつも通る道を対向から走っていると救急車とパトカーが見えたので、何となく嫌な予感がしてそこに向かいました」

 ここで一呼吸置き、

「そこで私は見たくないもの、見てはいけないものを目の当たりにして、一瞬頭の中が間違いであって欲しいという否定の言葉で埋め尽くされました。そう、彼女が…」

それ以上は言葉にならなかった。

「もういいですよ」

倉橋君と一回りは違うであろう年上の彼に優しく言った。年齢的立場が完全に逆転している。

「彼女に会いに行きましょう。そして今までの呪縛を解きましょう。彼女もきっとそれを望んでいるはずです」

 片岡さんに話しかける倉橋君の姿は、悟りを開いたお釈迦様のように神々しく私には映った。

 

 

 

 


最初から読む       「嗤う鬼火」16に続く



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「嗤う鬼火」 14

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  志緒理達がそんな話をしていた頃巧巳は神社に来ていた。佐緒里の調べた資料を神主である三宅に見せながら、

「どう思います?」

「多分この女性だろうね。悪い物では無いとは思うが少し厄介だね」

 資料に目を通しながら三宅は唸っている。その資料には十五年前の事故のことが書かれていた。

 およそ十五年前、この人恋坂で一つの事故が起こった。一人の女性が車で崖から転落し死亡するという事故だ。その女性は一ヶ月後に結婚式を控えていた。その日は仕事を終え彼のもとに行く途中の出来事で、人恋坂の頂上付近を走行中ハンドル操作を誤り崖から転落してしまったようだ。救急隊が来たときには既に虫の息だったようだが、彼の名前と、彼に会いたいという言葉を小さな声で発し続けていたという。

「でも何故この女性が倉橋に?」

「多分、あの子が巧巳君を思う気持ちと波長が合ったんだろうね。彼女の身体に憑いて恋人の所に行こうと思ったのではないかな。まだ未練が断ち切れていないのかもしれない」

「どうすればいいですか?」

 三宅は腕を組みしばらく考え込んでいた。

「その時の婚約者だった彼に会わせてやるのが一番かもしれないね。今、彼女が志緒理君の中にいるのなら、志緒理君を彼に会わせれば未練を断ち切ることが出来るかもしれない」

 三宅は手に持った資料を見ながら、

「この片岡圭一という人は今どこにいるんだろうね」

 

 

 

「志緒理さんは巧巳の何処が好きなの?」

「どこって言われても・・・」

 私は人恋坂の頂上で佐緒里さんとぎこちない会話をしていた。ここについてすでに十五分が経っている。早く倉橋君こないかな。

「それにしても、巧巳遅いわね!」

 ぎこちない雰囲気に佐緒里さんも少し戸惑っているのか強い口調で言った。私はまたしてもどう答えてよいか分からない。視線を佐緒里さんに向けることが出来ず坂下の方を見ると、

「あっ、来た!」

 坂の麓の方に小さく見える倉橋君の姿を見つけた。倉橋君はゆっくりと坂を上がって来ていたが、その姿を見るだけで今までの緊張感が緩和されてくる。ものの数分で私達のいる場所までたどり着いた。

「遅い!どこに寄り道してきたの?」

 相変わらず強い口調だ。でも倉橋君は慣れているのか動じることなくゆっくりと私達に近づいてきた。

(えっ!)

 倉橋君が私の前まで来た時、今まで明るかった空が急に淀んできて、辺りが暗く鬱そうとしてきた。みるみるうちに暗くなってくる。どう考えても午前十一時の明るさではなかった。

「来たか!」

 倉橋君はそう言って、墓地の反対に当たる崖の方を見た。私も佐緒里さんもつられるようにそちらに向く。

「!」

「!」

 その崖のふちに白いワンピースに紺のカーディガンを羽織った清楚な感じの女性が立っていた。その女性は私の方をじっと見ているように感じる。

 私はその女性に見覚えがあった。先日私の手首を掴んで何かを訴えようとしたり、昨夜腹部から覗き込むように顔を出していたあの女性だ。足がガクガクと震えてきた。自力で立つこともままならない程の恐怖が私を襲い、その場に座り込みそうになった時、隣にいた倉橋君が私の両肩を左側から抱えるように支えてくれた。震えが徐々に収まってきて、心地よい安心感が私を包み込んだ。

「あなた、野瀬弘美さんですね」

 倉橋君が目の前にいる白いワンピースの女性に呼びかけると、その女性の視線が倉橋君の方に向く。

「巧巳、彼女何なの?」

 今まで黙っていた佐緒里さんが、今までに聞いたことのないうわずった声で、倉橋君の左腕にしがみつきながら言った。その姿に私は少し嫉妬を感じてしまった。でも私の方が倉橋君と密着してるもんね。て、こんな時に何考えているんだろう。今はそうゆう状況ではないでしょ!でも何故私と佐緒里さんにも白いワンピースの女性が見えるんだろう?

「野中さん、あなたはもうこの世に存在していないんですよ。あなたの無念さは察しますがこの子には何の関係もないはずです」

 倉橋君の手に力がこもったことで、私は現実に引き戻された。

「かつてのあなたの恋人片岡圭一さんという方はまだ結婚していません。よほど貴女のことを愛していたのでしょう。彼も苦しんできたんです。彼の貴女に対する呪縛を貴女自身で解いてあげたらどうですか?」

 ワンピースの女性に変化がでてきた。

『私は圭一さんに会いたい、ただそれだけ』

 無表情だが目だけは何かを訴えようとしている。その顔を見ていた時、ふと脳裏に浮かぶものがあった。

片岡圭一!

どこかで聞いたことがあるような、どこだろう?私はここ数日間の出来事を思い出しながら考えた。

「!」

 そうだあの新聞記事。私もしかしたらその片岡圭一さんて人見つけることが出来るかもしれない。

 そんな思考の中で僅かに見えていたワンピースの女性、野瀬さんの姿が少しずつ薄くなっていくのが見えた。そして周りの景色がいつもの風景に変わると、私は気が抜けたように全身が脱力してきた。隣にいる佐緒里さんも同じ感覚に見舞われているようだった。

 

 

 


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「嗤う鬼火」 13

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 翌朝10時きっちりに倉橋君は迎えに来た。玄関チャイムが鳴った時には、ダイニングテーブルでコーヒーを飲んでいた私より、まだかまだかとソワソワしていたお母さんの方が軽快な動きで先にでた。何て可愛いお母さん!これではどっちがデートに行くのか分からない。

 私も後を追うように直ぐに動いたが、玄関に行ったときには既に玄関扉が開いていて、びっくりしたような顔で倉橋君が立ちすくんでいた。それはそうだまさか母親がチャイムの音が鳴るや否や飛び出すように出てくるとは思わないだろう。

「あなたが倉橋君?同じ名字だと何だか他人とは思えないわね」

 ニコニコしながらお母さんが言っていた。その言葉に少し緊張した面持ちで、

「おはようございます。志緒理さんはいますか?」

 こんな倉橋君初めて見た。割とクールなイメージがあったから何だか可愛い!胸がキュンとしてきた。おっと!こんな感情に浸っている場合ではない。

「倉橋君おはよう!」

 お母さんの後から何事もなかったように声を掛け、お気に入りの靴に足を入れると、

「じゃあ、お母さん行ってきます」

 倉橋君の背中を押すように玄関から離れる。後方から「志緒理をよろしくね」という声が聞こえてきた。もう、お母さんたら!そんな言葉を尻目に早足で家を離れると倉橋君の横に並び、

「ごめんね、びっくりしたでしょう!」

「突然だったから少し驚いたけど、明るそうなお母さんだな・・・。ところで昨夜はあれからまた何か起こった?」

 昨夜掛ってきた電話で助けられた私は、ベッドに潜り込むと誰かに聞いて欲しいとばかりにその時のことを自分の初期感覚を交えて事細かに説明したのだ。少し焦っていたので上手く話せたかどうかは分らないけど倉橋君は何も言わず私の話を簡単な相槌程度で最後まで聞いてくれた。

 話すことで少し落ち着きを取り戻すと、しばらく世間話をして電話を切り、今起こったことは夢に違いないと思える程心地よい余韻を残しながら床に着いたのだ。

「大丈夫!あれからは何も無かった」

「そうか。それならいいんだが」

「で、今から何処へ行くの?」

 私は期待二割、不安八割で尋ねてみた。なんせ前例があるもんね。

「もう一人合流する人がいる」

 貴重な期待の二割にビシッとヒビが入った。やっぱり・・・。

 重い思考を引きずりながら歩いて、先日行った神社の前を通りかかったところで見覚えのある顔に出会った。

 ガラガラ!期待の文字がたった二割しか無かった期待の文字が崩壊した。よりによってこの人!

「巧巳遅い!」

 そこにいたのは倉橋君の姉?である佐緒里さんだ。正に私の恋敵?

「佐緒里、例のものは?」

「ここにあるわよ。とろで昨夜は何処に行っていたの?私にこんな物調べさせといて家を出たまま遅くまで帰ってこないし、朝起きたらもういないし、家に帰ってきたの?」

「ああ、ちょっとな」

 倉橋君の気のない返事に佐緒里さおりさんはまだ何か言いたそうだったけど、何も言わず手に持っていたクリアファイルを差し出した。倉橋君はそれを受け取ると中身を取出し、ネットからプリントアウトされた数枚の用紙を手にしてそれをしばらく流し読みすると、私の方に向かって、

「倉橋、悪いけど佐緒里と一緒に人恋坂に行ってくれないか。俺は少し寄り道して合流するから」

 えっ、佐緒里さんと二人で!ちなみに今回はデートと言うわけではないのね。まあ期待はしていなかったけど。でも佐緒里さんと二人でなんて、何を話せばいいんだろう。

 そんなことを考えているうちに倉橋君の姿は既に小さくなっていた。その後ろ姿を見ていると、

「志緒理さん!」

私は振り返る。

「取り敢えず行きましょう!」

そう言うと佐緒里さんも歩き始めた。私も後を追う。

「ねえ、志緒理さんって巧巳のこと好きでしょう?」

 突然の事に返答に困ってしまった。何だか意味深な質問。

「見ていると何となく分かるわよ。巧巳の方ばかり見ているし・・・。私もね、巧巳のこと好きよ!」

「えっ!」

 横を歩く佐緒里さんの横顔を見入ってしまう。

「私達従姉弟同士だからハッピーエンドの未来は無いかもしれないけど。・・・でもねもう10年以上も一緒にいるのに姉弟という感覚になれないのよね」

 なっ、何という爆弾発言!

「だからね、志緒理さんが少し羨ましいの」

 

 


最初から読む       「嗤う鬼火」14に続く



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