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「「嗤う鬼火」 (完全版) 」カテゴリ記事一覧


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「嗤う鬼火」 (完全版)


 「嗤う鬼火」


   ジャンル: オカルト・ホラーラブコメディー

   主要登場人物

   倉橋巧巳(くらはしたくみ)・・・・高校一年。無愛想だが優しく、何か秘密を持った少年

   倉橋志緒理(くらはししおり)・・・同級生。名字は同じだが巧巳とは全く関ない。物語の中での今後の展開に期待。本物語の進行係。

   倉橋佐緒里(くらはしさおり)・・・高校二年。巧巳の従姉に当たるらしい。

   中馬賢一(なかまけんいち)・・・・同級生。巧巳とは中学からの付き合い。

  近藤美歩(こんどうみほ)・・・・・中馬賢一の彼女



第一章 「出会い」

 

  今私は華の女子高生。入学してから約三ヶ月経って漸く学校生活にも慣れてきた。中学時代からの友達が四、五人いるから今はその友達と一緒にいることが多い。

 あっ!自己紹介忘れてた。私の名前は倉橋志緒理、先も言ったけど華の女子高生十六才。受験を頑張って地方の片田舎だけどこの地域では有名な進学校に入学した。将来の夢は・・・まだ決まっていない。勉強について行けているかどうかは別にして、結構楽しい学校生活を送っている。有名な進学校だけあって、それほど問題のある生徒はいないし、先生達も大学進学一辺倒の考え方ではなく、色々な意味で視野を広く持ってくれている。そして何よりも充実した学校生活を送っている理由。・・・それは気になる男の子がいること。

 思春期の乙女にとって恋愛は、生きていく上で絶対不可欠なもの、まさに血液と同じなのだ。

 その男の子の名前は倉橋巧巳。名字は同じだけど全く赤の他人。無口で無愛想なんだけど時折見せる優しい瞳。何も見ていないようで周りをよく把握していてさり気なく手を差し伸べみんなを助けてくれる。女の子の間ではそれなりに人気があるみたい。

私が彼を意識し始めたのは、それこそ入学して直ぐ。入学式が終わり、割り当てられた教室に移動していたとき。彼も同じクラスで私の後ろを歩いていたの。周りでは、近くにいる人と話をして少しでも早く馴染もうと努力している人が多い中、彼だけは無表情で他人のことは我関せず的なオーラで歩いていて、第一印象は何か暗そうな人ってイメージ。その彼が突然私の横に並び、視線も合わさず、

「スカートの横のファスナー開いてるよ」

 そう言いながら抜き去っていった。

「えっ!」

 私はスカートを確認。な、なんとスカートのサイドファスナーが全開、辛うじて下着は見えていなかったけどブラウスの裾がチラチラ・・・何たる醜態

 少し慌てたけど何事もなかったかのようにさり気なくファスナーを閉めた。入学式の間中開いていたと思うともう赤面。穴があったらの中でも入りたい。

 気付いていた人もいるはずなのに、もっと速く教えて欲しかった。それでもさり気なく声を掛けてくれた倉橋君に感謝。

 そんな些細なことだけど、それから何かと倉橋君を目で追いようになり少しずつ意識し始めた。まあ名字が同じなので周りから、

「親戚か何か?」

 と、聞かれることが多かったのも一つの理由かな。倉橋という名字はこの地域では珍しいものらしい。だからと言って彼のことがまだ気になっているだけで好きって言う訳じゃない。(実際彼のことよく知らないし)

 という感じでそれなりに楽しく過ごしてる。

 そうそう話は変わるけど、最近この町に変な噂が流れてるの。私の知っている範囲で説明すると、この学校から三キロ程離れたところに通称人恋坂っていうところがあって、世間で言う心臓破りと言われそうな程急な坂で自転車だと普通の一般人は到底乗って上ることは出来ないと思う。(あくまで普通の一般人ね。普通じゃない一般人もタマにいるから)

 人恋坂って言う名前の由来についても色々あって、この坂で亡くなった男性の彼女が同じ場所で後追い自殺をしたからと言うものや、この坂をカップルで歩くと相思相愛になるとか、かなり適当で曖昧な由来は聞いたことがあるけど本当のところはどうなんだろう?名前を付けるに当たって何らかの経緯があるとは思うのだけれど・・・。

 その人恋坂は急な坂道ということもあって昔から事故も多く、もう何人も天使になっている人がいるみたい。

 昔から何かと曰くのある場所だけど数年前から夏になると思い出したように湧き出てくる話。

『嗤う鬼火』って言うんだけど、坂を登り切ったところに小さな墓地があって、それは何百年も前からそこにあるんだって。

町の人も誰のお墓なのか知らないみたい。と言うより知っていても話したくないような雰囲気。私のお父さんとお母さんは本当に知らないみたいだけど。まあこの町に越してきたのが二十年ほど前で、割と新しい市民だから知らないのは当たり前かもしれない。

で、噂って言うのがその墓地に人魂が出るらしいの、人によっては鬼火とも言うみたいだけどね。鬼火と人魂の違いはよく分からないけど、その鬼火(ここでは鬼火って言うね。一応『嗤う鬼火』っていう題だから。)を見たという人の何人かは、それから嗤い声が聞こえて、その嗤い声がだんだん近づいてくるんだって。想像しただけで背筋に冷たいものが流れてきそう。

 この話には続きがあって、その『嗤う鬼火』を見た人は何らかの事故に遭遇するらしいの。

 だから町の人は暗くなると人恋坂は絶対に通らないようにしている。少し脇に新道が出来ているから今更通る必要性も無くなっているけどね。その事も災いしてか人通りの少なくなった人恋坂は、どこからか噂を聞きつけた物好きが他所から来て度々事故を起こしているから、元の話に尾鰭が付いて全国的にも有名な心霊スポットになってるみたい。

 

 なぜこんな話をしてるのかって!そうそうこれからが本題。私のクラスに中馬賢一っていう男の子がいるんだけど、その子が『嗤う鬼火』を見に行かないかって言いだしたの、名前は賢一だけど、どう考えても賢くない意見。

 それでもクラスの四人で今週の土曜日の夜にそこへ行くことに、なぜか私も参加、私も決して賢くない部類かも?

 私の参加する理由は二つ、一つは、友達の近藤美歩ちゃんと中馬君の仲が良くて意気投合して行くことに賛成したこと、もう一つは、あの倉橋君も参加するということ。何とあの倉橋君と中馬君が古くからの友人らしい。どう考えても接点がなく、学校でもそれ程親しく話している風でもない。倉橋君に少なからず興味を抱いている私が誘いを断る理由がなかった。

 ともあれ今週の土曜日の午後九時に学校に集合してそこからみんなで行くことに。学校から人恋坂の梺まで自転車で十分程、そこから先は自転車では無理なので(坂が急すぎて)歩きになる。目的の頂上に着くのは何時になるのやら。

 

 

 夜の人恋坂は人気もなく寂しい雰囲気が漂っている。今午後十一時、私達四人は恐る恐るゆっくりとした歩みで坂の頂上に向かって歩いていた。先頭を歩いているのは中馬君、その後ろに美歩ちゃん、そして私、最後に倉橋君が少し間を開け、相変わらずの無表情で付いてきている。この状況の場合最前列か最後列が一番怖い。最近の草食系男子が多い中、彼等はちゃんと男としての気遣いを分かっている貴重な肉食系男子なのかもしれない。

 先頭の中馬君が歩く速度をゆるめた。この暗闇の中、懐中電灯一つで動いていると、前の人の行動一つ一つに敏感に反応してしまう。しばらくゆっくりとしたペースで歩いていたけど、頂上にある唯一の街灯の元に着くと少しばかり緊張感が和らいだ。小さい明かりながらも四人の姿を一度に確認できると気持ちも落ち着く。

「しかし暗くて気持ち悪い場所だな!」

 静寂の中、中馬君がトーンを落とした声で言った。街灯の明かりが返って周りの闇を増幅しているようにも感じられた。そんな中中馬君は懐中電灯で目の前にある墓地を不作法にも照らしながら。

「あそこにある墓地が例の場所で、この道沿いからでも鬼火は見えるってことだけど、出てくるかな?・・・もう少し先に行ってみようか?」

 私達の了解も得ないまま中馬君は再び歩き始めた。仕方なく私達も後に続く、こんなところに置いてけぼりにされてはかなわない。後ろの倉橋君は居るのか居ないのか分からないくらい静かで、違う意味で怖いような気がする。私は背中に何となく悪寒を感じ、ゆっくりと振り返った。そこには顔を横に向け何かに焦点を合わせるように集中している倉橋君の姿が。

 その精悍な顔つきに思わず見とれてしまった。やばい!やばい!今はそんな状況じゃなかった。私は我に返ると彼の見つめている方向に視線を向ける。

「?!」

 腰が抜けるかと思った。

「あ・・・あ・・・あ・・・」

 声にならない。私の異変に気付いたのか中馬君と美歩が私の方を向き、今度は二人が私の視線の先を見て私と同じように硬直した。

「あっ!」

「えっ!」

 各々気持ちいい程よく似た反応をし、ギリシャ神話のその瞳を見ただけで石に変えてしまうと言う魔神メデューサを見てしまったような感覚とでも言うのか、同じような姿勢で同じような顔をして微動だにしない。

 私達四人の視線の先にはゆらゆらと青白く発光した浮遊物があった。

 その時誰かが不意に私の肩を叩いた。私はそれに反応するように振り向こうとしたが、ん!思いとどまる。確か私達は縦一列で歩いていた。今見えている現象はほぼ真横で起こっているので今は横一線になっているはず。・・・・・ということは・・・・・。

 まず左右を確かめてみる。右に美歩、その向こうに中馬君。左には倉橋君が確かにいる。背後に誰かがいるということは絶対にありえない。・・・・・全身に鳥肌が立ってきた。今までに感じたことのない凹凸の凸の部分が身体全体にざわざわと覆っていくのが感じられる。

 私は恐怖のあまり左横にいた倉橋君の腕を強く掴んだ。その行為に倉橋君が私の方に向く。相変わらずの無表情で、何を考えているのか分からない雰囲気はそのままだが、今の私には倉橋君がこっちを向いてくれているという事と誰かに触れているというだけですごく心強く感じられた。

 でも何となく背後に何かいるような気配を感じる。一度そう思ってしまうと後ろが気になってしまい落ち着かない。私は恐怖の中、それに打ち勝つように自分自身に気合いを入れゆっくりと振り返った。しかしそこには何もない。漆黒の闇と、静寂のみが存在するだけだった。

 気のせい!?

 大きく安堵の息をつき向き直る。そのとき倉橋君と目が合ってしまった。傍から見れば情緒不安定ともとれる行動を倉橋君に見られたと思うと、全身の血液が頭に集結してきたかのようにポーッとして顔が赤くなっていくのが自分でも解った。

 でも倉橋君は何も言わず顔を正面に向ける。相変わらず無愛想。私も同じように前に向き直った。

「あっ!」

 目の前の鬼火が二つに増えている。中馬君も美歩も食い入るようにそれを見ていて、先程とポーズすら変わっていない。本当に石になってしまったのだろうか?

私はまたしても背後から悪寒を感じもう一度振り返る。当たり前だが誰もいないし何もない。

 不意に倉橋君が動いた。私はまだ彼の腕を掴んでいたのでその動きに敏感に反応し手を離す。倉橋君は微妙な距離で私の後ろに立った。後ろから倉橋君の息遣いと放射体温が感じられる。今の私の行動から背後を気にしていると感じたのかさり気なくしてくれるその優しい心遣いに感激!本当に好きになってしまいそうだ。

 倉橋君が後ろにいると思うだけで、私の恐怖はあっという間に守られているという安らぎに変わっていった。

「キャーッ」

 突然の悲鳴!発したのは私の隣にいる美歩だった。美歩の方に向こうとしたとき、私もその悲鳴の原因を見てしまった。正面に見える一つの墓石の前にこちらを向いて立っている一人の女性の姿が。今までこの場所には私達四人の他には誰もいなかったはず。

 その女性は何かを羨むような悲しい目をして立っていた。実体がはっきりしていなくて、何となく向こう側の墓石が透けて見える。

(も、もしかして幽霊!?)

 その女性はしばらくその場に佇んでいたが、少し俯き加減になるとその実体も少しずつ薄くなっていき、完全にその場から消失した。

「み、見た?」

 美歩がそう言うか言わないかのうちに、ゆっくりと後退していき、私達は逃げるようにその場から離れ、学校まで一目散に走った。逃げるのに精一杯で周りのことを気にする余裕など無かったが、学校の正門まで来ると、

「あれっ、倉橋君は?」

 少し落ち着きを取りもでした私は、倉橋君が居ないことに気付き肩で息をしながら二人に問いかけた。二人も周りを見渡して、

「本当だ!どこ行ったんだろう?」

 美歩が少し心配そうに言ったが、中馬君は慌てる風もなく、

「まあ、あいつのことだから大丈夫だろ」

どこがどう大丈夫なのか解らなかったが、私もまだ頭が少々パニックになっていたのでそれ以上のことを考えることが出来なかった。

 その時中馬君の携帯が鳴った。

「おっ!噂の巧己からだ。もしもし・・・・・ああ・・・・・それで・・・・・で、今どこにいるんだ・・・・・分った伝えとく。それじゃあ俺たちは先に帰るからな・・・・・了解」

 話の内容はさっぱり解らなかったが倉橋君に何事もなさそうなことは判った。中馬君は電話を切ると私に向かって、

「巧己のやつまだ人恋坂にいるらしんだけど。倉橋に伝言だとよ」

「えっ!まだあそこにいるの!」

 これは美歩の言葉。あの倉橋君が私に伝言って・・・!少し嬉しいような、でも何となく不吉な予感もする。あんな所に深夜一人でいるということ自体私には考えられない、それに、

「伝言って何?」

 多少の不安を抱えたまま聞いた。

「逃げているとき青白い球体が倉橋の方に向かっていってぶつかった様に見えたから大丈夫かって」

 不安的中。でも私はそんな衝撃を感じた記憶は無いけど・・・。

「何ともないけど」

「それと・・・」

 まだ何かあるのだろうか。少し言いにくそうな雰囲気に嫌な不安がまた少し膨らんだ。

「今日寝るときに十分注意して、出来れば一人で寝ない方がいいって」

 中馬君から伝えられた伝言に不安と書かれた風船が極限まで膨れあがり破裂直前にまで膨張している。しかしその膨れあがった不安をどうすることも出来ないままボーッとしていると、

「まあ、余り気にしない方がいいと思うぜ。あいつ昔から意味深な言い方をするところがあるから」

 あの中馬君が気を遣ってくれている。

「明日は日曜だし、私志緒ちゃんの家に泊まろうか?」

 美歩も気に掛けてくれている。ひょっとして私、友達に恵まれてる?こんな状況だけに涙が出そうになる。

 結局美歩ちゃんが私の家に泊まってくれることになった。その夜に何も起こらないに超したことはないが何だかよからぬ事が起こりそうな気配・・・・・嫌だな。

 

 

 

 あの後直ぐに解散し各々帰宅したけど、家に帰っても倉橋君からの伝言が頭から離れない。

(青白い球体が私にぶつかった?)

 それだけでも嫌な感じがするのに、一人にならない方がいいなんて不吉そのものの言葉。考えただけで躰がぶるっと震えてしまう。決して武者震いなんかではないのは確か。

 美歩が泊まってくれるというので、多少は気分がまぎれているが、何かの拍子にふと思い出すと、やっぱりぶるっ!

 そんなことを考えながらも私は六畳程の部屋に我が物顔に置かれているシングルベットと申し訳なさそうに佇む小さな机の間に所狭しと無理矢理二組の布団を敷いていた。黙々と作業をしている私の横で、美歩が机の上にあるノートパソコンでインターネットを閲覧している。

「あった!」

 その言葉に私は何かに釣られるように美歩の方に向いた。

「嗤う鬼火ってネットにも載ってるよ。有名なんだ!」

 一通り布団を敷き終えると、美歩の隣に行きディスプレイを覗き込む。

<君は流行り神を見たか!?>

 という見出しで、全国の都市伝説を紹介しているサイトのようだ。

「ねえ、どんな内容のことを書いてるの?」

「ちょっと待ってね」

 美歩はそこに書かれている文章を初め声を出して読んでいたが、途中から黙読し始めた。美歩の読んでいる文章の横に、私もよく知っている人恋坂とあの墓地の写真が掲載されている。

「私達が知ってる内容とそれ程変わらないみたい。でもこれには嗤い声が聞こえるって書いてあるけど、女の人の幽霊が出るなんて書いてないよ」

「私達、嗤い声なんか聞いてないよね」

「そうだね。私がお墓の方に目を向けたときには、あの女の人はもうそこにいたような気がするけど・・・」

 そう言い終わった後に、美歩は躰を小さく震わせた。その時の事を思い出したのだろう。あの暗闇の中、あの場所で、あのシュチエーションは本当に怖い。と言うより怖かった。

「もうこの話止めようよ」

 私は話題を変えようと、

「ところで。美歩と中馬君付き合ってるの?」

 ストレートな質問。

「えっ・・・うん・・・まあ・・・」

歯切れが悪い。やっぱりそうなんだ。何となく良い関係に見えたもんね。

「そんなことより、志緒ちゃんは倉橋君のことどうなの?」

 今度は私がうろたえる番?

「どうなのって言われても・・・」

 間の悪い空気が・・・。その時美歩の携帯が鳴った。良かった。助かった!

 美歩は携帯を取り、私に背を向けて話している。僅かに聞こえる話の内容から、相手は中馬君のようだ。話を終えた美歩は携帯を閉じながら私の方に向き直った。

「中馬君から?」

 私は冷やかし混じりに聞くと、

「そうだけど・・・」

美歩は少し恥ずかしそうな表情をしていた。

「明日、アルテイシアに集まらないかって」

「アルテイシアって学校の近くにあるあのアンティークな雰囲気の喫茶店?」

「そう。あそこに十時に集合しないかって。ていうより強制集合みたいだったけど・・・。倉橋君も来るって」

 少し意地の悪そうな顔。私は時計を見た。すでに午前三時。やばい起きられるだろうか?私も一応女の子だから、お化粧とか準備とか色々と時間が掛かる。せめて八時には起きないと。

「そろそろ寝ようか」

 

 

布団に入って一時間。午前四時。私は中々寝付けなかった。横では美歩がすやすやと寝息を立てている。何度も寝返りを打ち、何とか眠れそうな感じになったとき、私の中で何かが脈打った。

(何!)

 動悸が速くなり息苦しさを感じる。手を胸の上に上げようと思ったが、その手が全く動こうとしない。

(金縛り!私どうしたの?)

 そうしているうちに急に下腹部が熱くなってきた。でも躰が自分の意志で動かない今の状態ではどうすることも出来ない。

(どうすればいい?美歩!美歩!)

 私は声にならない叫びを横で眠っている美歩に投げかけたが、美歩は何事もないように静かに眠っている。

頭がパニックになりかけたとき、下腹部の熱が少しずつ下がっていくのを感じた。それと同時に、下腹部辺りから青白い球体がふわりと浮き上がってきた。しばらく私の胸辺りでゆらゆらと漂っていたが、その球体が徐々に女性の顔の形に変わっていった。見たことのある女性。そう人恋坂で見た悲しそうな顔をしていたあの女性だ。私は恐怖の余り目を瞑ろうとしたがそれさえままならない。私は一体どうなってしまうの?

 その女性は少しずつ近づき、私の腕を掴むと何かを呟くように唇を動かした。私には読心術の心得がないから何を言っているのか全く解らない。それどころではない状態なのだ。

 私は気を失ったのか、眠ったのか判らないがそれから後の記憶はなかった。

 

 

 私は寝覚めの悪い状態で躰を起こした。

(嫌な夢見たなあ。倉橋君があんなこと言うからこんな変な夢を見てしまうんだ。本当にもう)

 横では美歩が気持ちよさそうにまだ眠っている。何気なく時計を見ると、午前八時を少し回っていた。

「あっ!もうこんな時間。美歩、起きて!」

 まだ布団に入っている美歩を揺さぶるようにして起こす。眠そうに目を擦りながら美歩は躰を起こし、

「おはよう」

「おはよう。早く準備しないと約束の時間に遅れるよ」

 そう言いながらも二人はしばらく布団の上でボーッとしていたが、どちらからともなく立ち上がり、布団をたたんでベッドの上に重ねると、洗面し、服を着替えて外出のための戦闘準備に入った。女子たるものこれに時間を掛けなくてどうする!なんて言ったって今日はあの倉橋君とプライベートで会うのだから念入りにしなくては。でも男の子って割と化粧の匂いを嫌う人もいるから余り念入りにしても・・・。倉橋君はどうなんだろう?

 そんなことを考えながらも着々と変身は進んでいった。

「ねえ、その腕どうしたの?」

 横で別人に化けつつある美歩が私の左手首辺りを見ていった。

「腕?」

 その場所を見て、

「!?」

 左手首の内側に五つの斑紋のような痣があった。何だろう?私には身に覚えがな・・・いやあった。

「美歩右手で私の手首掴んでみて!」

 美歩は怪訝そうにしながらも言われた通りに右手で私の左手首を掴んだ。

(やっぱり!)

 美歩の指先と、痣の位置が見事なまでに一致した。

(昨夜のあれは夢じゃない!?)

 あの時の出来事が、ゆっくりとだがはっきりとした画像として甦った。しかし今は昨夜程の恐怖が訪れない。冷静に考えてみるとあの女性の悲しい瞳が何かを訴えているようで、それでもって何かを呟いていた事を思い出し、怖さより好奇心の方が強かったからだろう。

(なんて言ったんだろう?)

「どうしたの?」

 余りにボーッと考え事をしていた私に、美歩が心配そうに顔を覗きながら言った。私は我に返り、

「うん、大丈夫。ちょっと昨夜変な夢を見たから、それとこの痣が関係あるのかなって思って。でも関係ないみたい。そんなB級映画みたいなことが起こるわけないし」

 そう言ってはみたものの、関係があるのは間違いない。どうしよう?みんなで集まったときに相談してみようか?

「よし、準備完了!」

 美歩が小さくガッツポーズを取るように言った。そんなに気合いが入ってたの!それにしても見事なまでの変貌ぶり、世の男はこれに騙されるのか!そんなことに感心してる場合じゃない私も早く変身しなくては・・・・・変・身・トオー。

 

  

 

第二章 「解析」

 

  約束の時間の一〇分前には何とか喫茶アルテイシアに着いた。外観はいつも見ているが、近くでまじまじ見るとやはり独特の雰囲気を感じる。道沿いに面している壁には小さな丸い窓が二つ程あるだけで、その窓の間に大きく両開きの扉が存在感を出している。その扉の上に小さく『喫茶アルテイシア』と書かれたモニュメントがありこれがなければ何の店か判らないだろう。

 私は始めて入る店に少し緊張しながら取手に手を掛けるとゆっくりと開けた。予想はしていたとはいえ店内は別世界に迷い込んだような感覚を私に与えその場に立ち尽くしてしまった。

「おーい!」

 奥の方から聞き覚えのある声が・・・というか昨日も聞いていた声が聞こえた。私達に気付いた中馬君が手を挙げている。一番奥の席に倉橋君と向かい合わせに座っていた。

 私達はそのテーブルまで行くと、空いている席に座る。当然のように美歩は中馬君の隣に座ると、必然的に私は倉橋君の横に座ることになる。・・・少し緊張・・・

「いらっしゃいませ!」

 若い女性の声が近くで聞こえた。私は声のする方に振り返ると、

「!」

 何処かで見たことのある顔・・・、そうだ二年の倉橋佐緒里さんだ。この学校にこの地域では珍しい倉橋性が三人いてその一人が彼女だ。三人もいれば珍しくないような気もするけど・・・。

「ご注文は?」

 佐緒里さんが慣れた声色で注文を取る。

「俺はコーヒー。お前らは?」

「私はレモンティー!」

 私も美歩と同じレモンティーにした。

「コーヒーとレモンティーね。巧巳はいつものでいいよね」

 横の倉橋君が小さく頷く。・・・・・って、な、何で呼び捨て?それも下の名前で。私は倉橋君の方に向き、その整った横顔を見つめながら、

「倉橋君ってお姉さんいたっけ?」

 取りあえず聞いてみる。

「いいや」

 相変わらず言葉が短い、短すぎるぞ!これでは会話にならないじゃないの。

「佐緒里さんは一応巧巳の従姉にあたるんだよ」

 中馬君が注釈を入れてくれた。

「一応?」

「従姉っていっても、ここのマスターは巧巳の叔父にあたるんだけど、佐緒里さんはマスターの再婚した奥さんの連れ子だから形式上は従姉だけど、血縁上は他人なんだ。だから一応」

 このアンティークな喫茶店が倉橋君と関係があったなんて、しかも佐緒里さんとの関係も複雑だ。恋愛に発展しないとも限らない。

 学校でも倉橋君には隠れファンのような輩が結構いる。でもいつもの無愛想さで誰も声を掛けられずにいるのが現状だ。そんな中、私は中馬君と美歩のおかげで少し近い位置にいて他より一歩リードしていると思う。

佐緒里さんが倉橋君のことをどう思っているかにもよるけど、強敵が現れた。

「まあ、そんなことはどうでも良いことだから置いといて、例の事件のことで巧巳が何か気付いた事があるらしいんだ」

私にはどうでも良くない!それに昨夜の出来事が事件になっている。少し大袈裟じゃない?

「気付いた事って何?」

 美歩が興味深そうに身を乗り出して訪ねた。

「昨日の鬼火だけど、あれは作り物だ!」

 倉橋君がまたまた大胆な発言。

「鬼火って作れるの?」

 これは私の素朴な意見。

「割と簡単に作れるさ、材料も大した物はいらないし手間もそれ程かからない。作り方は・・・。」

 倉橋君が言うには、綿の布と糸(毛糸のようなものがベストらしい)があれば本当に簡単にできるそうだ。まず綿の布を適当な大きさ三~五センチ四方位に切って、それをボール状に丸め、その上から糸をぐるぐると巻き付けて綺麗な球状にする。それにライターオイルを染み込ませて火を着けると鬼火のような青白い炎に成るのだそうだ。

 その火を細いワイヤーか何かで吊るせば、あたかも浮遊しているように見せることが出来、鬼火というのは基本的に夜に出現する物なので、ワイヤーなどは目に見えることはないらしい。

「確かにあの場所は鬱蒼としているから、そういう細工はやりやすいかもな!」

 昨夜のあの場所を思い出してみる。夜にそれも歩いて行ったことがなかったので、今まで何とも思わなかったが、実際に行ってみると夜の人恋坂の頂上は決して気持ちの良いものではない。木々が左右に鬱蒼と茂り、ただ一つの街灯が逆に寂しさを増強しているようにも感じられる。そして問題の墓地もそれに加算する様に雰囲気を醸し出している。

 中馬君の言っていることは確かに当たっているような気がする。

「でも誰が何のためにそんなことを?それにいつどういうタイミングでするの?」

「そんなこと俺が分る訳無いじゃないか!」

「毎日鬼火を作っているわけでもないだろうし、私達はたまたま偶然居合わせたってこと?」

 私と中馬君との会話が途切れて、その場に僅かに静寂が訪れた時、倉橋君が沈黙を破るように言った。

「あの鬼火を作った者の意図は分らないけど。なぜ俺達があの日鬼火を見たかということを推測すると、二つ・・・いや三つ程臆見がある」

 倉橋君以外の残りの三人は次の言葉を固唾を飲むようにして待った。

「まず一つ目は、本当にたまたま居合わせた。二つ目は俺達が人恋坂に行くということを知っていた誰かが先回りして工作した。そしてもう一つ考えられるのが・・・俺達の中に犯人がいるかだ」

 倉橋君は言ってはならないような事を言っているような気がする。でもそうは思いたくは無いけど一つの選択肢として可能性的にはあり得る。

「消去法で考えてみよう。まず最初の偶然居合わせたというのは、確率的にも低いと思うし、鬼火の出現したタイミングに必然性を感じるので、ほぼ無いと思う」

 私も横で頷く。確率は低くても偶然のいうのはあり得るが、あの絶妙のタイミングでの鬼火出現は意図的な何かが感じられる。

「まあ絶対無いとはいえないけどな!・・・二つ目の俺達が人恋坂に行くのを知っていた誰かが先回りしてというのも行動理由が今一はっきりしないし何のために俺達に鬼火を見させたのかという理由も分らない。ただ驚かせようと思ってやったとしても手が込みすぎている」

 その意見についても十分納得できた。

「そして最後の俺達の中にということになると・・・」

 倉橋君はここで言葉を切った。少し言いにくいことなのかもしれない。

「まあ、もしこの意見が正解なら自ずと犯人は分ってくる」

 表情を一つも変えずにそう言いきる倉橋君はニヒルでクールでかっこいいけど少し怖く感じられた。

「それなりの知識があって、あの場所に行くのを知っていて、かつこんな細工が出来るのは・・・この中では・・・」

 私はしばらく呼吸を止めてその先の言葉を待った。他の二人も同じような表情で見守っている。

「中馬!お前だよ」

 倉橋君は中馬君の方に向かって言った。私と美歩も釣られるように中馬君の方に向く。

「・・・・・」

 中馬君は何も答えない。

「まさか賢君が・・・?」

 美歩も呆然としている。

「あの時の状況から考えて、あのタイミングで鬼火を出現させる事が出来るのは中馬しかいないんだよ。それにお前化学好きだったよな?」

 みんな静まりかえって中馬君を凝視している。中馬君も倉橋君から視線を離さず男二人の睨み合いがしばらく続いたけど、中馬君が不意に視線を外し少し笑い顔で答えた。

「巧巳の言うとおり鬼火を作ったのは俺だよ。ある雑誌で鬼火の作り方を見たとき、『嗤う鬼火』の事を思い出して、みんなをびっくりさせようと思ってしたんだよ」

中馬君が白状した。

「冷静に考えてみると、あの人恋坂に行こうと言い出したのはお前だし、日にちや集合時間を指定したのもお前、そして先頭を歩いて目的地まで先導したのもお前だったよな。あの時随分時間を気にしていたみたいだから、微妙な時間調整をしてたんだろう?」

 倉橋君が淡々と答える。

「鬼火の細工は前日に翌日の午後十一時くらいに発火するように仕掛けて置いたんだろう。市販のオンオフタイマーでも使ってな。最近の市販のタイマーは安くて高機能のものもあるからな」

中間君はちょっとした悪戯心でみんなを驚かそうと思ったらしいのだが、倉橋君の説明を聞きよくよく考えてみると私の稚拙な脳味噌でも細かい部分まで十分理解できる。美歩も少し呆れ顔で中馬君のことを見ていた。

(でもあの女の幽霊は・・・!それと私の肩を叩いただれかの事と倉橋君が言っていた白い球体、そして昨夜の夢であって夢でないような奇妙な体験は?)

 鬼火については理解できた。でもその他の現象についてはまだ分からないことばかりだ。

 私が漠然とそんなことを考えていると、私の心を読み取ったかのように、

「でも俺がしたのは一つの鬼火だけで、もう一つの鬼火とあの女性の霊のことは知らないぞ」

 中馬君は一部を認めたものの、他の出来事については否定した。ということは一つは本物の鬼火って事?

「ということは、一つは本物の鬼火って事か!」

 倉橋君も同じ事を考えていたようで、それを声に出して言い少し考え込むような仕草を取った。左手の人差し指で鼻の頭をゆっくりと擦るようにして何かに集中している。

 これって倉橋君が何か複雑な思考をするときの癖なのかな?でも名探偵ぽくって格好いい!

 頭の中でいつもの妄想に耽っていると、

「ところで倉橋!その右手どうしたんだ?」

 中馬君が自分のしたことを見抜かれてバツが悪くて話題を変えようと思ったのか、それとも今頃気付いたのか、右の手首に付けていたリストバンドを見ていった。

「あっ、これ?」

 私は右手を差し出すようにみんなの目に置くと、どう説明しようか迷いながら、昨夜の夢のことと、朝起きたら夢で掴まれた所と同じ箇所に痣のようなものがあったことを、出来るだけ詳細に話した。そしてリストバンドを外しみんなにその痣を見せた。

「何かすごいことのなってるな!これって痣?」

「多分そうだと思うけど、倉橋君はどう思う?」

 私は倉橋君の前に腕を差し出した。倉橋君は先程の思考から我に返ると、しばらくその痣を見ていたが、何かを感じたのか私の腕を掴んだ。

 ドキ! 血圧が少し上昇。

 私の手首を大切なものを触るかのように丁寧に、そして慎重に扱った。そして力の抜けた私の腕を優しくそっとテーブルの上に置くと、

「これ痣じゃないな!」

「!?」

 鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていたのだろう。倉橋君は優しい笑みを私に向けゆっくりと口を開いた。

「痣が着くということはかなり強い圧力をかけないと着かない。まして手首に着くなんて想像上の痛みを伴うと思うし、この痣の着き方はおかしい」

 そう言うと倉橋君は再び私の腕を取るとその痣の位置に自分の指先を合わせるように掴む。不意に掴まれたこともあってか、再び血圧上昇、さらに脈拍も。

 そんな私の内部行動をよそに倉橋君は、

「この状態から力を入れると・・・」

 手首にちょっとした圧力が掛り痛いという程ではないがそれなりの圧迫感を感じる。

「倉橋痛いか?」

 私は首を横に振った。

「普通痣と言うのは皮膚の色素細胞の異常増殖や、皮膚の内出血によって赤紫色に変色することなんだけど、手首のように細いものを掴まれたときには圧が円状に掛り手首に輪のような痣が出来るんだ。まして手首の細い女性なんかは特にな」

 そう言われてみれば今私は手首全体に圧力を感じている。この力の掛り方だと手首を巻くように痣が出来そうだ。

「だったらこの痣みたいなものは何なんだ?」

 中馬君が結論を求めた。

「はっきりしたことは判らないけど、霊傷じゃないかな?」

「霊傷?」

「凍傷みたいなものかな!」

「凍傷?この真夏に?」

 釈然としないのか、首を傾げながら自分なりに思考を整理しているようだ。でも霊ということをベースに考えるとあり得なくもないような気もする。

「でも何でそんなことがわかるの?」

 いままで黙って私達の話に耳を傾けていた美歩が素朴な疑問を口にした。確かに何で倉橋君にそんなことがわかるんだろう。

「ねえ。私もまぜて!」

  不意に背後から声が掛かり、振り返るとさっきまで付けていたエプロンを外した佐緒里さんが近づいてきて注文の品をみんなの前に置くと、近くにあった椅子を引っ張り私と直角になるような位置に座った。

「良いのか?」

 倉橋君が少し面倒臭そうに言う。

「今日はこれでおしまい。お父さんが折角だから一緒に話をしてくればって」

 今日はこれでおしまいって。今午前十時、これから忙しくなってくるんじゃないかと多少の心配をしながら、改めて佐緒里さんを見た。髪を肩上辺りで綺麗にそろえていて少しきつそうに見えるけどとても綺麗な顔立ちをしている。きっとこういうのを美人って言うんだろうな。どことなく倉橋君と似ているような気もする。

「あなたが志緒理さん?」

 佐緒里さんが私の方を見て声を掛けてきたので慌てて視線をそらす。その行為か何だか嫌な態度に取られそうで再び佐緒里さんの方に視線を向けると。

「はい。倉橋志緒理です」

 少しどきまぎしながら一オクターブ高い声で返事をしてしまった。あ~!私何焦ってるんだろ。

「巧巳が見初めるだけあって可愛いわね」

「!」

 えっ!今なんて!私は何かの聞き違えかなと思い、佐緒里さんの顔をしばらく見つめ、今度は倉橋君の方に向いた。

 倉橋君は冷静さを保っているようだけど、どことなく表情に強張りがあるのは気のせい?

「さっき少し聞こえたんだけど、どうして巧巳に霊傷とかがわかるかって言うと」

 突然話を戻され、最も聞きたい事が聞けなくなってしまった。出来ればもう少し詳しく話を聞きたかったのだけど・・・。

「巧巳のお父さんとお母さん、十年前に飛行機事故で亡くなって、兄妹もいないし天涯孤独になっちゃったんで、私のお父さんが引き取ることにしたんだけど、その頃から少し変わった子だったのよね」

 倉橋君の両親が亡くなっていたなんて知らなかった。だからあんなに哀愁を漂わせているのかな?そんなことを考えていた私の横で、佐緒里さんは倉橋君の前に置いたミックスジュースを手に取ると自分の物のように刺してあるストローに口を付けた。

 なっ!さっき倉橋君が飲んでたから、それを飲むって事は、間接キッス!

「私も最初は取っつきにくい子だなって思ってたんだけど、十年も一緒にいると色々と解ることもあってね」

 何事もないように話を続ける。

「簡単に言うと巧巳は特異体質なのよ。信じる信じないは別にして」

「特異体質?」

 私の興味は完全にこちらの話に移行してしまった。特異体質ってテレビでやっているような奇人変人体質のことかな!?

「特異体質って行っても奇人変人みたいな者じゃないのよ」

 考えを見透かされたみたいで、少し恥ずかしくなって俯いてしまった。

「どう説明すればいいのかな・・・。簡単に言えば霊能力みたいなもので、要は人に見えないものが見えるって言うか・・・。まあ幽霊が見えるって事かな」

 一旦言葉を止め、再び倉橋君のミックスジュースを飲む。何で?自分のを頼めば、いや作ってくればいいのに。

「でもね、いつも見えるっていう訳じゃないみたいで。本人曰く何かの拍子にスイッチみたいなものが入るんだって。いつどこでどんな状況で入るのかは分からないみたいだけど」

 俄に信じがたいことをサラッと言いのける佐緒里さんを見ながらも、ついつい倉橋君のミックスジュースに視線が行ってしまう。

 この二人どんな関係?・・・気になる・・・。

「それで昨日倉橋に夜気を付けろって言ったのか。で何が見えたんだ?」

 中馬君は何かを納得したように言った。佐緒里さんの言ったことを疑うことなく信じたようだ。まあ倉橋君との付き合いも長いようだからそれなりに感じていたことがあったのかもしれないけど。

 でも倉橋君はその中馬君の問いに答えようとはしなかった。何か言いにくい事でもあるのかな!私に関することだから多少の不安を感じる。

 そう言えばあのことを言ってなかった。

「私もう一つ言ってない事があるんだけど」

 私のその言葉に四人の視線が一斉に私の顔に突き刺さった。なぜだかその視線に痛みを感じながら、

「昨日人恋坂で鬼火を見たとき。誰かが私の肩を叩いたような気がするの」

 私達は横向きに一列に並んでいて、背後には五人目の存在がない限り絶対誰もいなかった。鬼火に関しては中馬君の悪戯だったようだけど、あの時の感覚は今でもはっきり覚えている。その時の状況を簡単に説明した。

 佐緒里さん以外は現場にいたので状況の飲み込みが早いようだ。

「気のせいじゃないの?」

 佐緒里さんが一笑に付した。

「私も最初はそう思ったけど、佐緒里さんの話や、この手首の痣のことを考えるとひょっとして誰かが居たのかなって」

 その時の状況を思い出して私は小さく身震いした。その行為に反応してくれたのか倉橋君が重い口を開き始めた。

「確かに俺にはいつもって言う訳じゃないけど人に見えないような何かが見えるときがある。あの時みんなも見てたと思うけど女の人の霊が現れ、彼女が消えたときその場所にまだ小さな玉のようなものが残ってたんだ。これは多分みんなには見えないものだったんだと思う」

 確かに私にはそんなものは見えなかった。

「みんなが走って逃げ始めたら、その玉は追いかけるようにみんなの方に移動して、その玉が俺の横を通過したとき、その玉の中に女の人の顔が見えたんだ。その顔は俺の方を横目で見ると、まっすぐ倉橋の方に向かっていき、背中にぶつかったように見えたんで、俺は中馬に連絡して倉橋に注意するように言ってもらい、しばらくその場に居たんだけど、その後何も起こらなかったので家に帰ったんだ」

 あの無口な倉橋君が何とこんなにも言葉を発するとは、やれば出来るじゃない!

「多分その時の霊が倉橋に憑いて何かを訴えようとしたんじゃないかと思う」

 そこで閉口してしまい。次の言葉は出てきそうになかった。

 私に霊が憑いてるの?今の話だと偶然私という訳ではなく意図的に私に憑いたように聞こえたけど、なぜ私?

「それ程邪気のようなものは感じなかったから大丈夫と思うけど用心するに越したことはないから」

 私を安心させようと思ったのか、倉橋君はいつもの無愛想な表情に戻り私に言った。これって照れ隠しなんだとわたしは倉橋君の性格の一部を垣間見たような気がして少しうれしかった。

 それから大した話の進展はなく、会話はごく一般的な世間話になっていき、お昼前には解散した。中馬君と美歩はせっかくの日曜だからといって二人で映画を観に行ってしまった。私と倉橋君と佐緒里さんはしばらく「アルテイシア」にそのままいてたわいのない話をしていたが、時間も正午を過ぎた頃お客さんも少しずつ増えてきたので、佐緒里さんは再び店の手伝いに戻り、私と倉橋君も余り長居をしても悪いので店を退出することにする。

 店を出ると私と倉橋君は肩を並べるようにして歩いた。しばらく無言状態が続いたが、思い切って私の方から声を掛けた。

「倉橋君って、佐緒里さんの家に一緒に住んでるの?」

 こんな事聞いて良いのかな?

「俺が五歳の時、両親が事故にあったから、それ以来ずっとおじさんに世話になっているし、佐緒里は姉貴みたいなものだから、相談なんかにも乗ってもらっている」

 前を向いて歩きながらボソッと言った。

 佐緒里さんが倉橋君のことをどう思っているか分らないけど、倉橋君は佐緒里さんのことをお姉さんみたいに思っているのか!少しほっとしたような・・・でもどんな相談しているんだろう?恋愛の相談とかしているのかな?

 余りイメージがわかないけど・・・。

「ねえこれからどうするの?」

 まだお昼過ぎ、時間はたっぷりある。私は期待を込めて言ってみた。

 

 

 

第三章「事件

 

 その日の夜事件は起きた。隣町にある私立大学の学生グループ三人が人恋坂に面白半分で訪れ、都市伝説の真意を確かめようと墓地の周りを散策していた時、一人が足を滑らせ崖から転落してしまい、それを助けようとした二人も引きずられるように落ちてしまった。幸い三人とも命に別状はなく大きく新聞やテレビで扱われることはなかった。

 

 翌朝私は早くから目を覚まし、珍しくポストに新聞を取りに行くとこれまた珍しく地域のローカルページを開いた。ただ開いたページがたまたまそのページだっただけで読むつもりはなかったけど、ある記事が目の中に飛び込んできた。

 

「真夜中の転落事故!人恋坂の呪い?」

 

 何とも新聞らしくない見出しについつい読み入ってしまう。記事の最後にこれを書いたライターの名前があり、そこには“片岡圭一“と書かれていた。

 私に起こった一昨日の体験から一日しか経っていないので、その記事の内容に悪寒が走り背中がぶるっと震えた。

 しばらく茫然としていると、

「志緒理!今日は早く行くんじゃないの?」

 家の中からお母さんの声。

 そうだ今日は朝一で倉橋君の所に行かなくてはならないのだ。

 なぜかって?ちょっと聞いてくださいな!昨日『ねえ!これからどうする?』って声をかけたのね。乙女の誘いに普通ならば『時間があるならどこか行こうか』とか『ちょっと散歩でもしようか』とか色々あるでしょ!それが、

「別に!」

 何とも愛想のない返事。こうなったら。

「美歩たち映画を観に行くって・・・・」

「そうだ!お前暇なら神社に行かないか?」

 ?神社?私は映画って言葉を発したはずだが・・・。人の言葉を遮っておいて返ってきたのが神社ですか?一体どんだけ空気が読めないんだ!

 でもこの不愛想さが少し良かったりする私って変な乙女?

「何しに神社に行くの?」

「神社に映画は観に行かないと思うけど」

 そんなことは私でも解りますよ。それに人の話をちゃんと聞いておいてこの対応ですか?本当にもう!

 でもまいっか!何はともあれ二人きりでいるというのはそれなりに進展があるかもしれないし、ひょっとして期待できるシチュエーションが起こるかも!私ってなんてポジティブ。

 そう思い結局神社に行くことになった。

 神社までものの十五分。な、なぜその間に会話がないの?どういうこと?さすがにポジティブの骨が折れそうになる。

 無言のまま神社の鳥居くぐり細く暗い階段を上る。結構しんどい。上り切ると結構開けていて広い。少し先の境内の下を大きな竹箒で掃いている人がいる。その人は私たちに気がつくと、

「おっ、巧巳君!今日は彼女と一緒かい!」

 おー!何とうれしい言葉、きっとこの人いい人に違いない。

「そんな分けないでしょ」

こっ、こらそんなに即答で否定するものではない!

「そんなことより三宅さん。相談に乗ってもらいたいことがあるんですけど」

 この神主さん三宅さんって言うんだ。なんだか普通の名前。もう少し神事っぽい名前かと思ってたけど、まあ考えてみれば神主って言っても普通の人なんだから当然か!

「巧巳君が改まって相談ということは、やはりあっちがらみのことかな?」

「ご明察通りです」

何と抽象的な会話。

「今回は一体どんなことが起こったんだい?」

「一昨日の事なんですけど、友達四人で夜中十一時頃人恋坂に行ったんです。その時二つの鬼火が現れて・・・。その内の一つは友達の悪戯ということがわかったんですが・・・」

 倉橋君がそこまで言ったとき、

「長い話しになりそうだから取りあえずここに座って話を聞こうか」

 神主さんは境内の濡縁を勧めて自らも腰を下ろした。私達も横に並ぶように座る。そして倉橋君は話を進めた。

「二つのうち一つは悪戯だったのですがもう一つはどうも本物のようで、その一つの鬼火が小さく球体になって彼女の体内に入り込んだような気がして」

 倉橋君は私に視線を送り再び神主さんの方を向くと続けてはなしはじめる。その後の人恋坂のこと、私が自宅で体験した奇妙な現象など事細かに説明した。かなり長い話しになったけど神主さんは真剣に聞いてくれた。

「話は解った。少し確認したいこともあるし、少し急いだ方が良さそうな事象だから、明朝通学の途中にでも寄ってくれないかい」

 という経緯があり今朝は早めに倉橋君と通学することになったのだ。

 

 

 

私は急いで家を出ると、倉橋君の家というより喫茶『アルテイシア』まで少し小走りで向かった。

既に倉橋君は表に出て待っていてくれた。

「おはよう!」

 私から声を掛ける。

「おはよう」

 倉橋君からの返事。

何だか朝待ち合わせして登校している恋人達みたいなシチュエーションに胸がときめいた。倉橋君が先に歩き出す。私は彼を追うようについて行く。数歩行ったところで、倉橋君が前を向いたままで、

「昨日の夜は何もなかった?」

 なっ、何と倉橋君の方から声掛けが・・・。私は歩速を速め横に並んだ。

「昨夜は普通で何もなかったよ」

「そうか。ならいいんだ」

 たったそれだけの会話だったけど何だか嬉しい。

 神社に着くと、昨夜と同じように境内を掃除している神主さんの姿があった。

「おはようございます」

 二人同時に挨拶をする。

「おはよう」

 神主さんもいつもの笑顔で応えてくれた。

「何かわかりましたか?」

 倉橋君は解答を急ぐように切り出した。

「まあそんなに慌てるものではないよ」

 ゆったりとした返事が返ってくる。

「まだはっきりしたことが分かったわけではないが、何らかの霊的現象が彼女の身に起こっていることは間違いないようだから強めのお札を作ろうと思うんだか」

 神主さんは袈裟のポケットから無地の用紙を取り出すと、

「これにあなたの名前、生年月日、住所を書いてくれないかい」

 そう言って私にその紙とペンを差し出した。私はそれを受け取り境内の上で情報を書き込んで渡す。

「今日中に念の入ったお札を作っておくので、面倒かもしれないが学校帰りにもう一度よってくれないかい」

 私の書いた紙を受け取りながら言った。

「おっと!そろそろ八時を過ぎる頃だろうから、早く学校に行かないと遅刻するかもしれないよ」

 私は左手首にしているミッキーマウスの腕時計に目を移す。本当だもう八時を過ぎてる。急がないと本当に遅刻しそうだ。でも神主さんは時計も見ないでどうしてこんなに正確に時間が分かるんだろうと感心していると、隣の倉橋君がすっと立ち上がり、

「すみませんがよろしくお願いします」

 そう言うと何も言わずに歩き出した。私も慌てて立ち上がり神主さんに頭を下げて彼を追った。何か一言でも言ってくれればいいのに。そう思いながら小走りで追いかけている私の後から、

「もう少し彼女に優しくしなさいよ!」

 この神主さん本当にいい人だ。絶対間違いない!

 

 

 

 その日の授業も滞りなく終了し、私は下校と共に倉橋君と神社に向かった。

今朝行った神社に私は今まで行ったことがなかった。近くを通ることはあったけど何を祭っているのか分からなかったし、入り口の鳥居の雰囲気からしてかなり古く、決して明るく開けた感じもなくむしろ既に人の介在していない寂れた神社だと思っていた。

 鳥居から細く暗い階段を結構上がらなければならないし、下から見上げた感じも夜は絶対通りたくない陰気な感じがする。

だけど実際上がってみると上は広く明るい。私はこの神社に対しての評価を改めなければならないようだ。

 今倉橋君とその階段を上がっているが、失礼な感覚を反省してもこの階段はやはり一人で上がるのには二の足を踏んで躊躇する。折角二人でいるというのに決して若い二人の爽やかな交際とは言い難い場所だ。

 べ、別に倉橋君と付き合っているわけではないけど・・・。倉橋君は私のことどう思っているんだろう。

 境内まで辿り着くと神主さんは待っていてくれたのか縁側に腰を掛けてお茶を啜っていた。何だかテレビドラマか映画のワンシーンのような穏やかさだ。

 私達に気付いたb神主さんは、

「おっ、来たね。ちょっと待っていてくれるかい」

 そう言って立ち上がると奥に入っていき、ほんの数秒で出てきた。手に何か紙を持っている。

「この御札を肌身離さず持っていなさい」

 私に差し出す。私はそれを受けとるとその御札に視線を移した。御札は葉書程の大きさで、中心部には何て書いているのか分からないけど梵字ようなものが大きく書かれていて、その周りにこれまた何を書いているのか分からない暗号のような文字で装飾されている。

 私はしばらくそれを見入っていた。

「これって折り曲げても大丈夫ですか?」

 私は恐る恐る質問した。

「大丈夫だよ。小さく折り畳んで出来るだけいつも身に付けているものに入れておくといいよ」

 私は神主さんに、有り難うございますと丁寧に頭を下げると、取りあえず半分に折りカバンの中に入れた。

 

神社からの帰り、外はまだ明るく人の行き来も多かったので二人で『アルテイシア』に寄った。マスターである叔父さんに嬉しい冷やかしを少し受けたが、倉橋君と対峙するように座り、倉橋君はいつものミックスジュースを注文し、私も同じものを頼んだ。

「あの神主さんは昔からの知り合い?」

 倉橋君は私の顔に視線を移し少し間を開けて、

「俺の両親が事故にあったとき、ちょうど居合わせた三宅さんが色々と事故処理をしてくれたんだ。最初は施設に入る予定だったけど、三宅さんと叔父さんが知り合いだったことから叔父さんの家にお世話してもらえるように段取りしてくれて、まあ俺にとっては恩人みたいな人かな。叔父さんも快く引き取ってくれたから感謝しているんだ」

「そうなんだ。優しそうな人だもんね、神主さんらしくないけど」

「でも三宅さんの神通力はかなりのものらしくて、その筋の人には有名なんだよ」

「じゃあ、この御札は期待して持っていんだ」

「今のところ大きな実害は出てないけど、これから何が起こるか分からないし、その御札は肌身離さず持ってれば何らかの形で絶対役に立つと思う」

 倉橋君の少し大袈裟ともいえるその言葉に私は身震いを感じた。

 

 

 

それから数日間は何事も起こらず平安無事な生活が続き、人恋坂で起こった事など既に記憶の隅に追いやられていた。大きな要因はこの一週間で倉橋君との距離がかなり近くなったことだ。

 あれから毎日のように倉橋君は私に声を掛けてくれた。私の返事はいつも、

『大丈夫、何も無かった』

だが、それだけの会話でも年頃で相手に好意を持っている乙女には嬉しい。

相変わらずクラスでは物静かで限られた男友達としか話をしない倉橋君が女の子の中では私にだけ話しかけてくれる。これほどの優越感があるだろうか。

 物静かで少し翳りのある倉橋君は顔立ちの良さも手伝ってか校内の女の子に人気がある。でもどの子も話しかけにくいようだ。校内で話をする女の子は多分私と佐緒里さんだけではないだろうか。

(あの無愛想さは確かに近寄りがたいよね)

 そんなことを考えながら帰宅の路についていると、後からその当の本人の声がした。

「倉橋!」

 私はその声で条件反射のように振り返ると、すぐ真横に倉橋君が居てあまりの近さに少し引いてしまった。・・・勿体ないことをしている。

「明後日の日曜何か予定が入ってる?少しでも時間がとれないか?」

 おもむろの言葉に私は少し躊躇したが冷静に考えて倉橋君の誘いなど滅多にあるものではない、というより皆無に近いと思っていた。どんな重要な用事、珍事があってもここは最優先しなくては。

 

 

 

 その夜私は日曜日にどんな服装で行こうかと考えながら夕食を取っていると、

「どうしたの?そんなにニヤニヤとして」

 お母さんが私の前にある白菜の漬物に手を伸ばしながら言った。相当ニヤついていたのだろう不審そうな顔をしている。その横でお父さんも、

「志緒理!・・・彼でも出来たのか?」

 少し無愛想に言った。父親としては気に掛かるのだろう。

「べ、別にそんなんじゃないけど・・・」

 私の返事は空を飛んでしまったようだ。声が上ずっている。

「まあ志緒理も年頃だからねえ。彼氏の一人もいないと幸先が不安になるわ。お母さんにも紹介してね」

 既に彼氏が出来たことになっている。本当にそうならいいのに。明日はお母さんと買い物に行く予定なのだが、その時に洋服でも買ってもらおうかな!

「明日の買い物でデート用の服でも買ってあげようか?」

 さすがお母さん!

 

翌日、私はお母さんと大手アウトレットモールに行った。所狭しと並ぶ店に目移りしてしまい中々お目当てのものに辿り着かなかったが、何とかお気に入りの服を買ってもらった。もう少し安い物でも良かったのだが、少し高めの可愛いワンピースでスカートの裾が長く淡いブルーの涼しげな物だった

 私は帰宅途中には気分も上々にすでに明日のことを考えていて、お母さんとの会話にも噛み合いがなく心ここに非ずだった。

 今夜また奇妙なそして恐ろしい体験をするなどとは微塵も思っていなかった。

 

  

 

第四章「続発

 

  その日の夜は、明日のことがあってか中々寝付けなかった。

十時に迎えに来るって言ってたけど。家まで来ると言うことは当然の如くお父さんかお母さんと顔を合わせる確率が高いわけで、特にお母さんなんかは絶対顔を出すに違いない。何たって興味津々だもん!

 こういう時のお父さんの気持ちって複雑なのかなあ?何たって一人娘だし。私に彼氏が出来るなんて想像してないよね。

 「!」

 べっ、別にまだ彼氏じゃないし。私何一人で盛り上がっているんだろう。

 机の上で頬杖をつき全く持って眠気のない冴えた頭でそんなことを考えながら一人で顔を赤らめている自分に気付き。

「ふう~」

 大きく溜息をついた。端から見るとさぞかし変な子に見えるんだろうな。早く眠らないと、睡眠不足はお肌の敵っていうし・・・。

取り敢えずベッドに横になろうと思い椅子から立ち上がろうとしたところで身体に違和感を感じた。

「何?」

 どう表現していいのか分らない。でも何かがおかしい。そう椅子から立ち上がることが出来ないのだ。腰の周りに何十キロもあるベルトを巻かれているようなそんな感覚、もう少しで動きそうなんだけど動かないというジレンマ。何だか嫌な予感。

(少し落ち着こう)

 私は自分に言い聞かすように大きく深呼吸した。椅子に腰を据えて視線をゆっくりと腰の方に移す。

 予想していたとはいえ、それを視たときは声すら出なかった。あの時の女の人が、先週私の前に現れた霊が再び現れたのだ、それも私のお腹の部分からすり抜けるように顔だけを覗かせている。私は呆然というより、半分脳神経は死んでしまったかのように硬直している。

(どうすればいい?倉橋君!倉橋君!倉橋君!)

 お題目のように倉橋君の名前を脳裏で連呼していたとき、机の上の携帯が音を立てた。その音で逆に冷静さを取り戻した私は、机の上に置いてあった携帯ではなく、その横に置いてあった小さなポシェットを掴むと目を強く瞑りそれを両手で包むように握りしめた。

 下腹部に動きがあった。腰が軽くなってくるのがわかる。目を開けるのは怖かったのでその状態でゆっくりと椅子から立ち上がり薄目を開けてベッドの方に移動した。身体がいつもの状態に戻ったのを自分なりに認識すると、ゆっくりと目を開けた。そこにはもう何もなかった。携帯電話の音が鳴り続けている。私は慌てて携帯を掴むと着信者の名前も確認せずに通話ボタンを押した。

「もしもし」

「俺、倉橋だけど」

何と絶妙なタイミング! 私はその声を聴いたとたん全身の力が抜け落ちたかのようにベッドに座り込んだ。

 

 翌朝10時きっちりに倉橋君は迎えに来た。玄関チャイムが鳴った時には、ダイニングテーブルでコーヒーを飲んでいた私より、まだかまだかとソワソワしていたお母さんの方が軽快な動きで先にでた。何て可愛いお母さん!これではどっちがデートに行くのか分からない。

 私も後を追うように直ぐに動いたが、玄関に行ったときには既に玄関扉が開いていて、びっくりしたような顔で倉橋君が立ちすくんでいた。それはそうだまさか母親がチャイムの音が鳴るや否や飛び出すように出てくるとは思わないだろう。

「あなたが倉橋君?同じ名字だと何だか他人とは思えないわね」

 ニコニコしながらお母さんが言っていた。その言葉に少し緊張した面持ちで、

「おはようございます。志緒理さんはいますか?」

 こんな倉橋君初めて見た。割とクールなイメージがあったから何だか可愛い!胸がキュンとしてきた。おっと!こんな感情に浸っている場合ではない。

「倉橋君おはよう!」

 お母さんの後から何事もなかったように声を掛け、お気に入りの靴に足を入れると、

「じゃあ、お母さん行ってきます」

 倉橋君の背中を押すように玄関から離れる。後方から「志緒理をよろしくね」という声が聞こえてきた。もう、お母さんたら!そんな言葉を尻目に早足で家を離れると倉橋君の横に並び、

「ごめんね、びっくりしたでしょう!」

「突然だったから少し驚いたけど、明るそうなお母さんだな・・・。ところで昨夜はあれからまた何か起こった?」

 昨夜掛ってきた電話で助けられた私は、ベッドに潜り込むと誰かに聞いて欲しいとばかりにその時のことを自分の初期感覚を交えて事細かに説明したのだ。少し焦っていたので上手く話せたかどうかは分らないけど倉橋君は何も言わず私の話を簡単な相槌程度で最後まで聞いてくれた。

 話すことで少し落ち着きを取り戻すと、しばらく世間話をして電話を切り、今起こったことは夢に違いないと思える程心地よい余韻を残しながら床に着いたのだ。

「大丈夫!あれからは何も無かった」

「そうか。それならいいんだが」

「で、今から何処へ行くの?」

 私は期待二割、不安八割で尋ねてみた。なんせ前例があるもんね。

「もう一人合流する人がいる」

 貴重な期待の二割にビシッとヒビが入った。やっぱり・・・。

 重い思考を引きずりながら歩いて、先日行った神社の前を通りかかったところで見覚えのある顔に出会った。

 ガラガラ!期待の文字がたった二割しか無かった期待の文字が崩壊した。よりによってこの人!

「巧巳遅い!」

 そこにいたのは倉橋君の姉?である佐緒里さんだ。正に私の恋敵?

「佐緒里、例のものは?」

「ここにあるわよ。とろで昨夜は何処に行っていたの?私にこんな物調べさせといて家を出たまま遅くまで帰ってこないし、朝起きたらもういないし、家に帰ってきたの?」

「ああ、ちょっとな」

 倉橋君の気のない返事に佐緒里さおりさんはまだ何か言いたそうだったけど、何も言わず手に持っていたクリアファイルを差し出した。倉橋君はそれを受け取ると中身を取出し、ネットからプリントアウトされた数枚の用紙を手にしてそれをしばらく流し読みすると、私の方に向かって、

「倉橋、悪いけど佐緒里と一緒に人恋坂に行ってくれないか。俺は少し寄り道して合流するから」

 えっ、佐緒里さんと二人で!ちなみに今回はデートと言うわけではないのね。まあ期待はしていなかったけど。でも佐緒里さんと二人でなんて、何を話せばいいんだろう。

 そんなことを考えているうちに倉橋君の姿は既に小さくなっていた。その後ろ姿を見ていると、

「志緒理さん!」

私は振り返る。

「取り敢えず行きましょう!」

そう言うと佐緒里さんも歩き始めた。私も後を追う。

「ねえ、志緒理さんって巧巳のこと好きでしょう?」

 突然の事に返答に困ってしまった。何だか意味深な質問。

「見ていると何となく分かるわよ。巧巳の方ばかり見ているし・・・。私もね、巧巳のこと好きよ!」

「えっ!」

 横を歩く佐緒里さんの横顔を見入ってしまう。

「私達従姉弟同士だからハッピーエンドの未来は無いかもしれないけど。・・・でもねもう10年以上も一緒にいるのに姉弟という感覚になれないのよね」

 なっ、何という爆弾発言!

「だからね、志緒理さんが少し羨ましいの」

 

 

 

 志緒理達がそんな話をしていた頃巧巳は神社に来ていた。佐緒里の調べた資料を神主である三宅に見せながら、

「どう思います?」

「多分この女性だろうね。悪い物では無いとは思うが少し厄介だね」

 資料に目を通しながら三宅は唸っている。その資料には十五年前の事故のことが書かれていた。

 およそ十五年前、この人恋坂で一つの事故が起こった。一人の女性が車で崖から転落し死亡するという事故だ。その女性は一ヶ月後に結婚式を控えていた。その日は仕事を終え彼のもとに行く途中の出来事で、人恋坂の頂上付近を走行中ハンドル操作を誤り崖から転落してしまったようだ。救急隊が来たときには既に虫の息だったようだが、彼の名前と、彼に会いたいという言葉を小さな声で発し続けていたという。

「でも何故この女性が倉橋に?」

「多分、あの子が巧巳君を思う気持ちと波長が合ったんだろうね。彼女の身体に憑いて恋人の所に行こうと思ったのではないかな。まだ未練が断ち切れていないのかもしれない」

「どうすればいいですか?」

 三宅は腕を組みしばらく考え込んでいた。

「その時の婚約者だった彼に会わせてやるのが一番かもしれないね。今、彼女が志緒理君の中にいるのなら、志緒理君を彼に会わせれば未練を断ち切ることが出来るかもしれない」

 三宅は手に持った資料を見ながら、

「この片岡圭一という人は今どこにいるんだろうね」

 

 

 

「志緒理さんは巧巳の何処が好きなの?」

「どこって言われても・・・」

 私は人恋坂の頂上で佐緒里さんとぎこちない会話をしていた。ここについてすでに十五分が経っている。早く倉橋君こないかな。

「それにしても、巧巳遅いわね!」

 ぎこちない雰囲気に佐緒里さんも少し戸惑っているのか強い口調で言った。私はまたしてもどう答えてよいか分からない。視線を佐緒里さんに向けることが出来ず坂下の方を見ると、

「あっ、来た!」

 坂の麓の方に小さく見える倉橋君の姿を見つけた。倉橋君はゆっくりと坂を上がって来ていたが、その姿を見るだけで今までの緊張感が緩和されてくる。ものの数分で私達のいる場所までたどり着いた。

「遅い!どこに寄り道してきたの?」

 相変わらず強い口調だ。でも倉橋君は慣れているのか動じることなくゆっくりと私達に近づいてきた。

(えっ!)

 倉橋君が私の前まで来た時、今まで明るかった空が急に淀んできて、辺りが暗く鬱そうとしてきた。みるみるうちに暗くなってくる。どう考えても午前十一時の明るさではなかった。

「来たか!」

 倉橋君はそう言って、墓地の反対に当たる崖の方を見た。私も佐緒里さんもつられるようにそちらに向く。

「!」

「!」

 その崖のふちに白いワンピースに紺のカーディガンを羽織った清楚な感じの女性が立っていた。その女性は私の方をじっと見ているように感じる。

 私はその女性に見覚えがあった。先日私の手首を掴んで何かを訴えようとしたり、昨夜腹部から覗き込むように顔を出していたあの女性だ。足がガクガクと震えてきた。自力で立つこともままならない程の恐怖が私を襲い、その場に座り込みそうになった時、隣にいた倉橋君が私の両肩を左側から抱えるように支えてくれた。震えが徐々に収まってきて、心地よい安心感が私を包み込んだ。

「あなた、野瀬弘美さんですね」

 倉橋君が目の前にいる白いワンピースの女性に呼びかけると、その女性の視線が倉橋君の方に向く。

「巧巳、彼女何なの?」

 今まで黙っていた佐緒里さんが、今までに聞いたことのないうわずった声で、倉橋君の左腕にしがみつきながら言った。その姿に私は少し嫉妬を感じてしまった。でも私の方が倉橋君と密着してるもんね。て、こんな時に何考えているんだろう。今はそうゆう状況ではないでしょ!でも何故私と佐緒里さんにも白いワンピースの女性が見えるんだろう?

「野中さん、あなたはもうこの世に存在していないんですよ。あなたの無念さは察しますがこの子には何の関係もないはずです」

 倉橋君の手に力がこもったことで、私は現実に引き戻された。

「かつてのあなたの恋人片岡圭一さんという方はまだ結婚していません。よほど貴女のことを愛していたのでしょう。彼も苦しんできたんです。彼の貴女に対する呪縛を貴女自身で解いてあげたらどうですか?」

 ワンピースの女性に変化がでてきた。

『私は圭一さんに会いたい、ただそれだけ』

 無表情だが目だけは何かを訴えようとしている。その顔を見ていた時、ふと脳裏に浮かぶものがあった。

片岡圭一!

どこかで聞いたことがあるような、どこだろう?私はここ数日間の出来事を思い出しながら考えた。

「!」

 そうだあの新聞記事。私もしかしたらその片岡圭一さんて人見つけることが出来るかもしれない。

 そんな思考の中で僅かに見えていたワンピースの女性、野瀬さんの姿が少しずつ薄くなっていくのが見えた。そして周りの景色がいつもの風景に変わると、私は気が抜けたように全身が脱力してきた。隣にいる佐緒里さんも同じ感覚に見舞われているようだった。

 

 

 第五章「収束

  

私達は今新聞社にいる。今日は佐緒里さんがいないので二人きりだ。むふふ! 昨日片岡圭一さんの名前がその日の朝刊に載っていたことを倉橋君に話すと、早速連絡を取り次の日の夕方に会う段取りを取った。仕事が早い!それに佐緒里さんは家の手伝いで今はいないので二人だけだ。

しばらくロビーのようなところで待っていた。結構広いロビーで、丸テーブルとそのテーブル毎に背もたれの高い木製の椅子が四脚ずつ、全部で六セットある。ちょっとしたカフェテラスのようだ。二人で座っているとデートをしている気分。私がそんな感慨に浸っていると、奥から一人の男性が現れた。年齢は四十才位かな。きりっとした顔立ちで、背も高く新聞記者のようには全く見えない。その男性は私達に近付くと、

「倉橋さん?」

 少し警戒した面持ちで話しかけてきた。

「はい」

「はい」

 二人同時に返事をして椅子から立ち上がった。その男性はびっくりしたような顔をしている。お~!まさにシンクロ!

「すみません、二人とも名字が同じものですから」

「二人は親戚か何かですか?兄妹というわけではなさそうですし」

「いえ、たまたま名字が同じだけで、全く何の関係もありません」

 何だか寂しい響きに聞こえるのは私だけ?

「申し遅れました。私片岡といいます。ところで今日は何の用で?」

 座りましょう。と右手を椅子の方に差し出しながら自らも椅子に座る。この辺のさり気ない行動と話のもって行き方は、流石新聞記者という感じがする。私の華麗な洞察力?でそんなことを思っている横で、倉橋君が昨日の朝刊から切り取ったと思われる記事を取り出し

「この記事は、片岡さんが書いたものですか?」

「そうですが、この記事が何か?」

当然自分の記事の確認は行っているのだろう、即答で答えた。

「野中弘美さんをご存じですか?」

 いきなり核心を突く質問をする。何だか刑事さんみたいで別の顔の倉橋君を見ているみたい。片岡さんは質問の意図を把握できなかったようだ。

「どうして彼女の名前を?」

何事かと言うような顔で言った。

「先日人恋坂で彼女に会いました」

「!」

 片岡さんの表情から息を飲むのが分かった。息を飲むってこういうことを言うんだ。

「彼女は十五年前に事故で亡くなったはず、人違いではないですか?」

「ほぼ間違いはないと思います」

 倉橋君は胸ポケットから一枚の写真を取りだして片岡さんに見せた。

「弘美!」

 片岡さんの反応から、間違いはなさそうだ。でもいつの間にそんな写真を手に入れたのだろう?

「確かに彼女はもう亡くなっています。でも霊となってまだこの世に残っていて、そして今彼女はこの倉橋志緒理という女の子に寄生しています」

 寄生って何だか嫌な響き。

「寄生?」

 怪訝な表情で片岡さんが言った。片岡さんも言葉の響きに嫌悪感を感じたようだ。

 「寄生という表現は適切ではないかもしれません。でも憑依という言葉も適切ではないと思います」

 倉橋君は一旦言葉を句切ると、私の方を見た。そして小さく息を吐くと再び片岡さんの方を向き、

「彼女は貴方に対する未練が断ちきれずに現世を彷徨っています。地縛霊となったため人恋坂から移動することが出来ません、たまたま波長のあった倉橋に寄生するようなかたちで貴方を捜そうと思ったのでしょう。でも倉橋を自分の意志で動かすことが出来ない。だから憑依というわけではないのです」

 あたかも信じられないという表情で倉橋君の顔を凝視していた片岡さんは、

「彼女は貴方に会いたがっています。うまく説明は出来ませんが僕は霊が視えるという少し変わった体質で、今も倉橋の中に彼女がいるのがわかるのです」

 その言葉に私は背筋が寒くなる。決して気持ちのよい言葉ではなかった。でも倉橋君が近くにいるだけで安堵感と安心感が私を包んでいる。

「彼女に会えるのですか?」

 肩を落として俯き加減に言った。やはり片岡さんもまた彼女の呪縛から解放されていないのだろう。私は片岡さんの表情を見てそう思った。

「私と彼女は当時婚約していました」

 小さな声で片岡さんが語り始めた。

「あの日も彼女は仕事帰りに私の所に来るはずでした。式を控えていたので準備の打ち合わせをする予定だったのです…。でも彼女はいつまで経っても来ない。心配になった私は彼女を迎えに行こうと、彼女がいつも通る道を対向から走っていると救急車とパトカーが見えたので、何となく嫌な予感がしてそこに向かいました」

 ここで一呼吸置き、

「そこで私は見たくないもの、見てはいけないものを目の当たりにして、一瞬頭の中が間違いであって欲しいという否定の言葉で埋め尽くされました。そう、彼女が…」

それ以上は言葉にならなかった。

「もういいですよ」

倉橋君と一回りは違うであろう年上の彼に優しく言った。年齢的立場が完全に逆転している。

「彼女に会いに行きましょう。そして今までの呪縛を解きましょう。彼女もきっとそれを望んでいるはずです」

 片岡さんに話しかける倉橋君の姿は、悟りを開いたお釈迦様のように神々しく私には映った。

 

 

 

 時刻はすでに五時を回っていた。空に灰色の雲が覆い被さるように立ちこめているせいか真夏だというのに少し薄暗い。私達は今人恋坂に来ている。倉橋君の話だと野瀬弘美さんが完全な状態で姿を現せるのは、どうやらこの人恋坂だけのようなのだ。確かに私の部屋に姿を見せた時は二度とも顔、又は上半身だけだった。

 事故現場の前まで来て片岡さんの顔を見るとどうやら半信半疑のようでソワソワとした感じが窺える。

「野瀬さん、片岡さんを連れてきましたよ」

 倉橋君のその問いかけに、昨日と同じように辺りが“もわっ”としたかと思うとその“もわもわ”が白い固まりとなり、それが野瀬さんの体へと変化していった。

「弘美!」

 真っ先に片岡さんが反応した。その表情から何がどうなっているのかという困惑が手に取るように伝わってくる。その場から動くことが出来ないようだ。しばらく片岡さんは野瀬さんを見つめていたが、落ち着いてきたのか一歩野瀬さんの方に歩み寄った。野瀬さんも片岡さんをじっと見ている。この二人の姿に、私は恐怖を感じるどころか慈しみを感じていた。何て綺麗で微笑ましい状況だろう。二人は見つめ合い時折表情を変えながら言葉ではない会話をしているようで、私達に入り込む余地は全くないようだ。

 二人の無言の会話はしばらく続いた。見守るしかない私達は黙ってそれを見ていると、片岡さんが私達の方に向き、

「ありがとう。今までのわだかまりが胸からスッと落ちたようです」

 そして再び野瀬さんの方に振り返り、

「弘美、ありがとう。これからは前向きに生きていくよ。でも決して君のことは忘れない」

 その言葉に野瀬さんは優しく微笑むと、今まではっきりとしていた輪郭が少しずつぼやけていき小さな玉となった。

 その玉は空に向かって風船のようにゆっくりと昇っていった。何て気持ちの良い体験だろう。

 本来ならここで空が急に晴れてきて、気持ちの良い光が私達を包むはずなのだが、まだ空は曇ったままだ。

「これで終わったのよね?」

 私はほっとしたように倉橋君に尋ねた。これでやっと普通の生活に戻れると思っていたが倉橋君の言葉は、

「いや、まだだ」

「え!」

その言葉に私の身体が反応した。自分の意志とは関係なく頭の上から足の先までザワザワと何かが走るような感覚がある。全身に鳥肌がうきでているようなそんな感じ。

 しばらくすると下腹部に熱が生じてきた。私はその場所に目を移す。以前にも見たことのある光景に、ふらついた私を後ろから倉橋君が支えてくれたので何とかその場に座り込むということは無かったが、頭の中が少しパニックになっている。

 え!終わったはずでは?そう思っていた私の下腹部に痛みが走った。

「倉橋!大丈夫か?」

 背後から倉橋君の声が聞こえる。でも私は言葉を発することすら出来ない程の痛みに耐えるのに必死だった。朧気に困惑している片岡さんの姿が見える。

 どれくらいの時間が経過したのだろう、痛みが少しずつ和らいでいく、倉橋君の手から伝わる何かが痛みを和らげているようにも感じられた。そして下腹部の痛みが落ち着いてくると、痛みが和らいだ安堵からか意識が消えていくのを感じていていた。

 

 

 

「志緒理!」

 お母さん?

 その声で私は目を覚ました。ゆっくりと目を開ける。白い天井、見慣れたライト、間違いなく私の部屋だ。私の意識は少しずつ現実味を取り戻していく。顔を横に向けるとそこにはお母さんの顔、そしてその隣に倉橋君の顔があった。

「あれ! 私何で?」

 所々記憶が欠如している。白いワンピース姿の野瀬さんが現れて、その後下腹部に劇激痛がおそってきて、何だか急に意識が遠のいてきて、ふわふわした感覚にとらわれて……。

「気が付いた?あなた急に倒れたらしくて巧巳君が背負って連れてきてくれたのよ」

 あのふわふわした感覚って倉橋君の背中の上だったの?

 私は急に恥ずかしくなって、掛け布団を鼻の先まで持ち上げた。顔が少し赤くなっているのかな?

 ん!

 今、お母さん巧巳君って言った?私でさえそんな呼び方したことがないのに。

「人恋坂で車にはねられそうになって、巧巳君が助けた際に転倒して気を失ったみたいだけど大丈夫? 頭とか打っていない?」

「大丈夫! ちょっとびっくりしただけだから」

「本当にもう。気を付けなさいよ」

 お母さんは倉橋君の方を向いて、

「ありがとうね。巧巳君のおかげでたいしたことにならなくて本当に良かった。志緒理もちゃんとお礼を言っときなさいよ」

「うん」

 倉橋君本当のことをお母さんに話してないんだ。確かに話してもあんな事信じてもらえるとは思えないし。お母さんの心配が大きくなるのを避けるためでもあるのかな!

 お母さんが部屋から出て行くと二人だけになり、何となく気まずい雰囲気になっていった。

「ありがとう」

 私は恥ずかしかったので、布団を顔に被せたまま小さな声で言った。でもあの腹痛は何だったのだろう?野瀬さんはあの時天に昇って行ったのに。それにあの時の倉橋君の『まだだ』という言葉はどういう意味だったのだろうか?

 私が視線を空に浮かせて考えていたのを怪訝に思ったのか、

「本当に大丈夫か?」

 倉橋君が私を覗き込むように言った。

「うん。でもあの時倉橋君は『いや、まだだ』って言ったよね。それってどういう意味だったの?」

 私は今しがた考えていたことを言葉にした。倉橋君は言いにくそうだったけど、意を決したのか、

「倉橋の体の中に野瀬さんとは違う、もう一人の誰かが入り込んでいたんだ」

 またしても聞きたくなかった言葉。

「最初に倉橋の前に現れて手首を掴んだ女性と、その後に現れた女性は別人だったんだよ」

「でも同じ顔をしていたような気がするけど?」

 考えてみれば、最初に見た女性はあまり怖さを感じなかったけど、一昨日見た女性には確かに恐怖を感じた。

 でも顔は同じだったような気がする。思い出したくもない思い出したせいか、私は小さく“ぶるっ”と震えた。

「それは、野瀬さんが双子だったからだよ」

そうだったの?でも私は野瀬さんのこと知らないし、どうして野瀬さんが私の中に入っているのかという理由も分からない。

それに、野瀬さんのお姉さんか妹かわからないけど、その人が私の中にいるということも全く理解できない。

「野瀬さんの妹に当たる彼女は、お姉さんの弘美さんが亡くなる一ヶ月前に、同じように事故で亡くなっているんだ。事故と入っても自殺に近い状況だったらしい、自ら崖に突っ込んでいったみたいなんだ」

 片岡さんの新聞記事の“呪い”というのはここから来ているのかも。

「でも、なぜ妹さんは自殺みたいなことを?」

「よくある話だけど、彼女も片岡さんに好意をもっていたらしい。時々姉のふりをして片岡さんに会っていたみたいなんだ。片岡さんもどことなくおかしいとは思った時もあるらしいけど、あのそっくりな容姿にはっきりとは気が付かなかったようだ」

 そんなことがあったんだ。何だか悲しい出来事のように感じる。もし私に同じ境遇が起こったらどうしただろう?

 倉橋君が話を続ける。

「お姉さんの弘美さんと片岡さんの結婚が決まった時、彼女は喜んで良いのか、悲しんで良いのか、どうしていいか分らなかったんだろう。それから直ぐにその事故が起こってしまった。自暴自棄になっていたんじゃないかと思う」

「妹さんが私の中に入る意味がよく解らないけど?」

 私の素朴な疑問。

「倉橋の中に入っていたと言うより、弘美さんの中に入っていたんだと思う。亡くなってまでも片岡さんの近くにいたかったのかもしれない。そして倉橋の体の中で二人の人格に分離したんだ」

 私の身体の中で、私の許可もなく何てことが起こっていたんだろう。そう考えると怖くなってきた。

「でも、もう大丈夫だ。倉橋は元の倉橋に戻っている」

 元の私?倉橋君から見て元の私ってどんな私?

「取り敢えず今日はゆっくり休んだ方がいい、精神的にも参っているだろうし」

 倉橋君はそう言うと立ち上がり、

「明日の朝、迎えにくるから」

 そう言って私の部屋から出て行った。

 

 

  

エピローグ

  

 翌朝、私は心地よい眠りから覚めた。昨日のことが何事も無かったかのように感じられる。体調も悪くないようだ。私はベッドから出て大きく背伸びをすると、洗面所に行き歯磨きと洗顔を済ませ、制服に着替えるとリビングに向かった。

「あれ!?」

 私は辺りを見回して、“ここは確かに私の家だよね。”確認OK。もう一度前を見る。やはりソファに座っている倉橋君が見える。

「おはよう!」

「お、おはよう。えっ!何で?」

 その理由は奥のダイニングから出てきたお母さんが答えた。

「朝迎えに来てくれたのはいいけど、外でずっと待ってもらうのもどうかと思って、だって志緒理の彼氏なんでしょ!お母さんも仲良くしないと」

「べ、別に、か、彼……」

「巧巳君も朝食一緒にどう?」

 私の言葉を完全に無視して、にこにことした表情で言った。お父さんはすでに仕事に行ったようだ。倉橋君と会っていったのかな?

「いえ、僕はもう朝食を済ませてきましたので」

丁寧に辞退の言葉を述べた。

「それに、余り時間が無いと思いますが」

 倉橋君のその言葉に、テレビの上にある大きな掛け時計を見ると、すでに八時を回っていた。

「本当だ!もうこんな時間」

 私はダイニングテーブルに置いてあった皿の上からソーセージを摘むと、口の中に放り込み、

「ひっへひはふ」

 日本語とはほど遠い、異国の言葉どころかこの世に存在しない言語を発し、倉橋君を促して玄関に向かった。後方で「はしたないことをして」というお母さんの声が聞こえたが、聞こえないふりをして家を出る。

 外はすがすがしい空をしていた、私は今のはしたない態度を反省しながら歩く、今の倉橋君どう思っただろう。少し恥ずかしかった。

 折角二人で歩いているのに、無言のままって、どうだろう?

 倉橋君から声をかけられることに期待はできないので、私の方から声を掛けた。

「でもどうして霊能力なんて皆無に等しい私や、佐緒里さん、片岡さんにまで彼女は見えたのかな?」

 私の素朴な疑問に倉橋君はいつもの無表情な顔で、

「多分俺がアンプ、…増幅器のような役割をしたんだと思う」

 増幅器?なるほどそれなら私にでも理解が出来る。怪談話をすると霊が集まってきて、その中の数人に何かが見えたという人がいるけど、あれも一種のアンプ作用で潜在的な恐怖や思い込みで精神的作用が働き、そう言ったものが見えやすくなるって事かな?

 自分なりに納得して、頭の中で整理をすると、隣を歩いている倉橋君に、

「ねえ!今度の日曜日、映画でも観に行かない?」

 抜けるような青空に開放的になっていたためか、私はさり気なく誘ってみた。少しどきどきしている。しばらくの沈黙の後、

「いいよ」

 倉橋君は前を向いたまま答えた。その横顔を見ながら私は心の中で大きくガッツポーズをしていた。

 

 



最後までお付き合い頂有り難うございました。


では次作品で!


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