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Author:西崎 彦
それなりの年齢になりながらも創作活動にいそしんでいる。個人事業主です。気になる点等ありましたらお気軽にご連絡下さい。
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自作小説やオリジナルイラストの個人的嗜好ブログ。 たまに啓発文章も書いています。
今までに書いたイラストや小説の保管場所。最近読んだ本で、個人的に面白いと思ったものを紹介しています。
時刻はすでに五時を回っていた。空に灰色の雲が覆い被さるように立ちこめているせいか真夏だというのに少し薄暗い。私達は今人恋坂に来ている。倉橋君の話だと野瀬弘美さんが完全な状態で姿を現せるのは、どうやらこの人恋坂だけのようなのだ。確かに私の部屋に姿を見せた時は二度とも顔、又は上半身だけだった。
事故現場の前まで来て片岡さんの顔を見るとどうやら半信半疑のようでソワソワとした感じが窺える。
「野瀬さん、片岡さんを連れてきましたよ」
倉橋君のその問いかけに、昨日と同じように辺りが“もわっ”としたかと思うとその“もわもわ”が白い固まりとなり、それが野瀬さんの体へと変化していった。
「弘美!」
真っ先に片岡さんが反応した。その表情から何がどうなっているのかという困惑が手に取るように伝わってくる。その場から動くことが出来ないようだ。しばらく片岡さんは野瀬さんを見つめていたが、落ち着いてきたのか一歩野瀬さんの方に歩み寄った。野瀬さんも片岡さんをじっと見ている。この二人の姿に、私は恐怖を感じるどころか慈しみを感じていた。何て綺麗で微笑ましい状況だろう。二人は見つめ合い時折表情を変えながら言葉ではない会話をしているようで、私達に入り込む余地は全くないようだ。
二人の無言の会話はしばらく続いた。見守るしかない私達は黙ってそれを見ていると、片岡さんが私達の方に向き、
「ありがとう。今までのわだかまりが胸からスッと落ちたようです」
そして再び野瀬さんの方に振り返り、
「弘美、ありがとう。これからは前向きに生きていくよ。でも決して君のことは忘れない」
その言葉に野瀬さんは優しく微笑むと、今まではっきりとしていた輪郭が少しずつぼやけていき小さな玉となった。
その玉は空に向かって風船のようにゆっくりと昇っていった。何て気持ちの良い体験だろう。
本来ならここで空が急に晴れてきて、気持ちの良い光が私達を包むはずなのだが、まだ空は曇ったままだ。
「これで終わったのよね?」
私はほっとしたように倉橋君に尋ねた。これでやっと普通の生活に戻れると思っていたが倉橋君の言葉は、
「いや、まだだ」
「え!」
その言葉に私の身体が反応した。自分の意志とは関係なく頭の上から足の先までザワザワと何かが走るような感覚がある。全身に鳥肌がうきでているようなそんな感じ。
しばらくすると下腹部に熱が生じてきた。私はその場所に目を移す。以前にも見たことのある光景に、ふらついた私を後ろから倉橋君が支えてくれたので何とかその場に座り込むということは無かったが、頭の中が少しパニックになっている。
え!終わったはずでは?そう思っていた私の下腹部に痛みが走った。
「倉橋!大丈夫か?」
背後から倉橋君の声が聞こえる。でも私は言葉を発することすら出来ない程の痛みに耐えるのに必死だった。朧気に困惑している片岡さんの姿が見える。
どれくらいの時間が経過したのだろう、痛みが少しずつ和らいでいく、倉橋君の手から伝わる何かが痛みを和らげているようにも感じられた。そして下腹部の痛みが落ち着いてくると、痛みが和らいだ安堵からか意識が消えていくのを感じていていた。
最初から読む 「嗤う鬼火」17に続く
では後ほど!
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